第二章 晴美と壁
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晴美はその男性を「若白髪」と心の中で命名した。晴美に促した看護師は薄化粧がとても彼女の顔に映え、美しさを増長させていたので「薄化粧」。
黒板にチョークで今日の話し合いのタイトルを書いた看護師は対照的に化粧をしていなかったが、まるで化粧をしているかのように白雪のごとくもちもちとした肌をしているので「白雪」と名付けた。
窓側の北側に一人座っていた男性の医師は白衣姿ではなく、ジャケットを羽織った普通の格好をしていたので、「普段着」とした。
この命名は晴美の頭の中で自然と湧いてきたものである。実のところ晴美は自分でも、驚いたのだ。生真面目な私がこんな渾名をつけるとは――。これも『円い町』へ行きたい一心からなのだろうか。
突如、「くすっ」と晴美は笑った。静寂と緊張の渦に包まれていた部屋の中を糸が切れたかのようにそのくぐもった笑い声が響いたのだ。その瞬間、みんなは晴美の方へ目線を向けた。その目の束がきつく感じられた。じろじろっとなめまわすような視線が――。
が、この渾名はのちに、みんなに共通のものになった。
「今日の話し合いのテーマは『趣味について』です。では、廊下側の人から順番に述べていって下さい」
若白髪が重々しい口調で言った。
デイケアは精神科の治療の一環ではあるが、それなりに寛解状態(改善された状態)でないと受けられない。二十人のメンバーはすでに精神科は卒業したというように、元気な人たちである。顔もごく普通で健常者と全く変わりないような穏やかな表情をしている。
ただ、真面目すぎる。表情が硬く、笑いに少々欠けるところがある。趣味がなく、ただ自室でぼんやりと時間を潰している人が多かった。
今の晴美の状態も絵に描いたように彼らと酷似していた。
晴美の番が回ってきた。