奥会津の人魚姫

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「確かに一応関係者の足取りを確認するのが、我々の仕事なのですが、乙音さんと千景さんはその日、会津若松市の複数店舗で買い物をしており、レシートの時刻が正午頃の物もありました。つまり、汐里さんが亡くなった時刻に、お二人がめぶき屋にいなかったのは間違いがありません。これはお店の防犯カメラの映像からも、確認済みです」

「でもそこまで調べてるってことは、やっぱり警察も乙音を疑ってたってことだ」

「いいえ、これはあくまで確認のためです。結構多額な死亡保険金が掛かっていたもので」

「えっ!」

鍛冶内は驚きのあまり、思わず大きな声を上げた。

「多額な保険金って、一体いくらくらいの?」

「確か6000万円を越える額が乙音さんに支払われたと聞いています。ですが、乙音さんと汐里さんが双方に同じ保険を掛け合っていたことと、同級生の有島という保険外交員が友だちというつてを頼って、今若者に人気のある保険を勧めただけだということがわかり、たまたまだという判断がなされました」

「でも結果的に乙音には、6000万円の保険金が入った訳だ」

「入金は間違いのない事実のようです」

鍛冶内は腕を組んで、あれこれと考えた。仮に乙音に成り済ました汐里が犯人で、多額の保険金目当てに何らかの方法で乙音に睡眠薬を飲ませ、そのまま溺死させたとしても、本人に確固たるアリバイがある以上、犯人にはなり得ない。

「では睡眠薬を飲んでお風呂に入ったことによる溺死という所見に関してはどうだね?」

「確かに、筋力の衰えた老人が風呂場で溺死するケースはよくありますが、若い女性の場合はごく稀です。ただ検視官に言わせると、睡眠薬を飲んだ状態だと、あり得なくはないということのようです。その後、汐里さんに睡眠薬を処方していた主治医にも話を聞きましたが、睡眠障害があったための処方で、特に不審な点は見当たりませんでした。

汐里さんの体内からは睡眠薬の成分も検出されていますし、遺体が見つかった湯船の近くに、睡眠薬のビンも発見されています。亡くなった当日は日曜日で、汐里さんは休日に睡眠薬を飲んでお風呂に入るのが好きだったという、乙音さんからの証言もありました。お風呂の近くや汐里さんの部屋から遺書も見つかっていないことから、よって最終的に事件性なしという結論に達した訳です」

「汐里の記憶が飛ぶという話は聞いたことがあるかい?」

「記憶が飛ぶ……ですか? いえ、自分は聞いていません」

「では汐里が付き合っていたという彼氏のことは?」

「交友関係はひと通り調べましたが、特に何もありませんでした。彼氏の存在は、名前が挙がった人間がいて一応確認しましたが、無関係という結論になりました」