奥会津の人魚姫
(5)
ようやく仕事にひと区切り付けることができた鍛冶内は、少し大きめの鞄を引きずりながら、東北新幹線へと乗り込んだ。
東京にいる鍛冶内がここまでできることは限られていたが、ネットやつてを駆使しながら、考えうるひと通りのことは調べたつもりだった。
そして後はそれが彼に、謎の解明に繋がる何らかの結果をもたらしてくれることを願うのみだった。努力が必ず報われるとは限らないが、少なくとも自分に対する言い訳はできた。
……頼むから、千景の存命中に結果に繋がってくれ…………。
祈るような思いで、鍛冶内は郡山で磐越西線に乗り換え、問題の鍵が隠されている会津若松市へと向かった。人がまばらな車内は、深刻な顔つきで車窓を眺めている鍛冶内とは対称的に、夏らしい明るい雰囲気に満ちていた。
「小山内先生ですか?」病院の職員通用口から出てきた50歳前後の男に、鍛冶内は恐る恐る声を掛けた。
タブレットを使い、会津若松市にあるこの病院のホームページを列車内で何度も見返して、その職員紹介欄を頭に焼き付けてきた鍛冶内にとって、この男の顔を見間違うはずがない。
驚いたように立ち止まる眼鏡の男を怖がらせないように、鍛冶内は可能な限り穏やかな口調で言葉を継いだ。
「以前、先生にお世話になっていた汐里の父親の友人です。彼女について知りたがっている父親から頼まれて来ました。帰り間際のお急ぎのところ、声をお掛けしてすみません」
「ああ、亡くなられた汐里さんですね……」
無下にもできないと思ったのか、小山内は歩くのを止めて、鍛冶内のほうに向き直った。
「汐里に睡眠薬を処方した経緯を教えていただけませんか?」
「すみませんが、私には主治医としての守秘義務がありますので……」
「先生にご迷惑はお掛けしないと約束します。本当のことを知りたい父親のために、ではこれだけでも教えていただけませんか? 汐里に記憶が飛ぶ症状があったというのは、本当ですか?」
鍛冶内の必死な様子を、少し引き気味に見ていた小山内だったが、きっぱりした口調でこう言った。
「話しても問題ないレベルだと思われるので答えます。どこで仕入れられた話か知りませんが、汐里さんに記憶が飛ぶ症状などは、一切ありませんでした。睡眠薬を処方したのは、本人からの不眠の訴えをたびたび聞かされていたからです」