奥会津の人魚姫
(1)
只見川沿いの奥会津にある人口二千人ほどの長山町。その中心にある長山駅から二、三人の乗客とともに一人の男が降りてきた。
地味ながらアイロンがかかった水色の柄シャツに紺のスラックスをはいたその男は、年の頃にして40代半ばほどだろうか。大柄な体から汗を滴らせて改札を通ると、表の通りに一旦出てあたりを見回した後、右の方角に向かって歩を進め始めた。男の名前は鍛冶内。東京でのサラリーマン稼業から一時逸脱した、初夏の昼下がりだった。
「それにしても……」とたった今通り過ぎた、駅の改札脇にある待ち合い場所の椅子に腰掛けていた色白の娘のことを鍛冶内は思い返して、独り言を言った。
「こんな田舎町にも、あんな綺麗な娘がいるもんだな……」
一瞬の観察の中では限界もあるから、そこで見たのが本当に、自分の記憶に残った印象通りの美しさを備えた娘だったかの自信はそれほどなかった。だが目鼻立ちのくっきりとした整った顔立ち、凛とした中にも全身から醸し出されるあの清楚なたたずまいは、誰が見ても立ちどころに理解できるレベルの、珠玉の輝きだったのではないだろうか。
半分以上閉まっている商店街を、10年前に一度来たきりの頼りない記憶をまさぐり辿りながら、鍛冶内は暑さで半分溶け始めている体を大股で進めていった。
「めぶき屋さんかい? ここしばらく休んでるって聞いてるがねぇ」
建物もまばらになるあたりで、農作業の手を止めた中年の農婦が、西のほうを指差しながら教えてくれた。ああやっぱりこちらの方角で間違いなかった。自分の記憶力も捨てたものではないなと思い始めたその時、後ろから不意に声を掛けられた。
「鍛冶内……鍛冶内のおじさまでしょう?」