冬の間ずっと家に籠もりっぱなしだったから、抜けるような青空の下親子で過ごすのは楽しいことだろう。そう思いながら、彼はポットにお茶を詰めたり、バスケットにサンドイッチを入れたりするのを手伝った。

日曜の院内は静かだった。普段は外来患者でごった返す待合室も、今は長期入院の老人が一人で新聞を読んでいるだけだった。外出を許可されぬ患者の他は皆陽気に誘われて出かけていき、あとに残ったのはこの老人と当直の者だけだった。

「あーあ、つまんないな、日曜日なのに仕事かぁ」

赤毛の若い看護師がそんなことを言った。二階のナースステイションには看護師が二人と当番の伊藤医師がいるだけで、これといって仕事もない彼らは退屈な午後の一時を過ごしていた。

「伊藤先生は恋人いるんですか?」

赤毛の看護師がそんなことを訊く。春の陽気に誘われて話題はそうした方面に向かいがちだ。もう一人いる小太りの看護師も伊藤医師の方を見る。

「そうだね、いると言えばいるし、いないと言えばいないし‥‥」

伊藤医師はにやにやとはぐらかす。

三十一歳の彼は長身でにやけた三流役者といった風貌をしていた。腕も立つが手の早いのも自慢のうちだった。三歳年長の渋谷医師とは性格的に合わない。だがそれはお互い承知の上だった。

東京の大学から戻ったばかりの渋谷医師に較べ、ここでの経歴は彼の方が長かった。渋谷医師の父親が引退するまではその片腕とまで言われていたのに、今ではどことなく邪魔者扱いされているような気がしていた。

それが面白くない彼は、漠然とではあるが何かで思い知らせてやろうという魂胆を持っていた。

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