母は英良に腰掛けるように目で合図し、母は何か飲むか聞いたが、英良は要らない、と答えた。母は必要なものを枕元の上の両開きの棚の中へしまうと英良に話し始める。その時の母の声は英良には妙に改まった声に聞こえた。
「これから言うことを忘れないで聞いてちょうだい。あんたは優しい子だ。いつだったかね、あんたは雨の日の夕方にずぶ濡れになった茶虎の子猫を家に連れて来たね。その猫はあんたの後をついてきたんだね。あんたの優しい光に誘われるように。そんな猫を可哀想に思いずっと家まで連れて来た。
その猫も一週間ほど一緒に過ごしていたけど弱っていたせいかね、死んでしまったね。最後は座布団の上で静かに横たわっていた。暖かい場所であんたに見守られて安心したんだろうねきっと。その後は家の裏庭にそっと埋めてあげた。そんなこともあったね。
あんたは困っているものを見ると黙っていられない性格なんだ。特に小動物とかには。なんでそんなに一生懸命になれるのか不思議だった。あんたはそんな子だった。人を大事にする気持ちや労わる態度も多かったね。
自分のお小遣いを使って年下の子におやつを買ってあげたりもしていた。あんたは優しい子だよ。その気持ちを忘れないで……。だけどね、優しいだけじゃ生きていけない。それだけは分かってちょうだい」
母は右手で英良の右手を握り言った。
「今のあんたは、誰かに利用されて全てがボロボロにされる……。そんなあんたの姿が見えるんだよ」
英良は目を開いたまま涙が自分の手の甲にぽたぽたと落ちてくるのを感じた。時々瞬きすると大量の涙が零れ落ちた。涙のしずくが跳ね返り床に落ちていく。
「これからはあんたに近寄る人を見極めなさい。そして判断を誤らないで生きていくんだよ」
英良はうんと答える。
英良は子供の頃の記憶が蘇ってきた。それはある少女の記憶である。少女といっても英良の同級生だったのだが、英良はこの少女を二人の男子といじめていた。たしか小学校三年の時である。
下校時に、その女子に英良は後ろから石を投げていた。その少女は走って帰り母親にそのことを告げたらしい。母親はその中の一人の少年好夫のみ叱った……。英良ともう一人の少年幸太は何も言われなかったのだ。
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