塵芥仙人
事務所、それはどうも処理場に持ち込まれた廃材などを適当に組み合わせて作ったに違いなかった。
その小屋の屋根に使われているトタンの波板は、錆びた鉄釘でやっと留まっている程度で、一部天井から剝がれているところは、少し強めの風が吹く度に、大きな口を開けたり閉じたりを繰り返し、あたかもここを訪ねてくる者に、話し掛けているような素振りであったらしい。
沙織は勇気を奮い起こし、半ば朽ちかけて穴だらけになっている木の扉を叩いた。彼女の、力なくか細いノックの音は、瞬く間に周りのゴミ山に吸い込まれてしまった。
それでも諦めずに何回か試しているうちに、やっと、思いが届いたのか、奥からゴソゴソと自分のほうに向かって誰かがやってくるような物音が聞こえた。すると、ゆっくりと扉が開いて、出てきたのは、何ともみすぼらしい形(なり)の老人だった。
毎日のきつい作業のせいであろうか、着ている物のあちこちに綻びが生じていて、茶色に変色したランニングシャツの下には、赤銅色に日焼けした老人の地肌が見え隠れしていた。
そして、やけに大きな彼の目は人をも射抜く威光を放ち、彼女を凝視した。彼女は、人生を達観した者が持つ威厳のようなものを、この老人から感じ取ることができたので、大いに安堵した。
そして、藁にでもすがる思いで、これまでの経緯を細かに説明したのである。
老人は彼女の話をすべて聞き終えると、しばらくの間、身動き一つせずに目を瞑ったまま熟考していた。それは時間にして数分であったかのかもしれないけれど、不安を抱えた彼女にしてみれば、気が遠くなるほどの長い沈黙に思えたに違いない。
ゆっくりと目蓋(まぶた)が開いた。そして、むくっと立ち上がり、おもむろに口を開いた。それは、彼女と交わす約束事であった。いささか信じ難い話ではあったがその時の彼女は、あまりにも自信に満ち溢れた老人の言葉や態度に圧倒され、疑いの念は、遠くに追いやられてしまっていた。
むしろ恐ろしさに似た感覚を覚え、ここは、黙って従うしかないと覚悟を決めたのである。さて、それがどのような約定であったのか、中身までは詳しく分からぬが、とにかく片手で足りる日数のうちに、何とかすると断じたそうだ。
明子が、相談を受けてから丁度三日目、木曜日の晩。沙織からやけに明るく弾んだ声で連絡があった。電話の向こうで浮き浮きしている様子がはっきりと窺えた。
「明子、本当にありがとう。昨日の水曜日に、旅館から失せ物の時計が見つかったという連絡があったの、こんなに早く解決するとは思わなかったわ。ご心配を掛けてしまって本当にごめんなさい」と。
実情は、こうであった。