どうせ家で食べたいから作ってほしいとでも言われるのだろうと、サトコはピリリとした空気を出しながらユウタの答えを待つ。すると、思ってもみない返事が返ってきた。

「せっかくだし、たまにはカフェにでも行かないかい?」

サトコは目を丸くした。

「あなたからそんな風に誘ってくるなんて、雨でも降るのかしら?」

いたずらそうに言いつつ、鼻歌まじりでいそいそと身支度を整える。夫婦で出かけるのなんていつぶりだろうと、二人で肩を並べて歩く。向かったのは自宅近くのオシャレなカフェ。数ヶ月前にオープンしたばかりの新しいお店で、一度行ってみたいと話していた場所だ。

店内は白と淡い水色を基調にした爽やかな雰囲気で、アンティーク調の木のテーブルと椅子がゆったりと並べられている。窓際の席に座り、二人分のコーヒーを注文した。開放的な大きな窓からはせわしなく歩く人々が見える中、境界線のごとく優雅な時間が流れる。

「お待たせ致しました」

店員さんが差し出したカップからは柔らかな湯気とコーヒーの香りが立ち上り、向き合って座った二人の間を言葉が行き来し始める。久しぶりに弾んだ会話だった。

ユウタは優しく微笑み、目の前のコーヒーには手もつけず、サトコが発する一つ一つの話に、丁寧に相づちを打った。こんな姿は付き合っていた頃以来であり、久々に自分の話をしっかり聞いてもらえたサトコの心は、ものすごいスピードで満たされていった。

一時間程度であっただろうか。お会計を済ませると、ユウタは再び仕事へと戻っていった。

ここ数年のユウタはオジサン化が加速していたが、この時ばかりはスーツ姿も相まっていつもより格好よく感じたサトコは、その後ろ姿を見えなくなるまで見送った。

午後は何だか家事がはかどり、夕飯はユウタの好きなカレーを久々にスパイスから作った。しかし、喜んでくれるかなと思っていたサトコの期待は無残にも打ち砕かれる。

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※本記事は、2023年8月刊行の書籍『インスタント・ストーリーズ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。