第二章
一年一組
瞬間に発車のアナウンスが流れて、ドアが気の抜けるような音を立てながら閉まっていく。ハッと息をのむ。自分は今何をしようとしていたのか。宮園から離れることを決めたのに、無意識で声を掛けようとしていた。
「ばかだな」
自嘲をバスの走行音がかき消した。僕は市街地である下関駅行きの電車を待つことにする。やってきた電車に表情の抜け落ちた人々が乗り込んでいく。当たり前だけど見知った顔が一つもない。今頃皆学校にいるのだと思うと途端に僕だけ知らない世界に紛れ込んだような気分になる。
僕たちの家がある住宅街から遠くに山が見える。街に近づくにつれ、緑は少なくなって、市街地まで来るとミートスパゲッティの上で彩を添えるために置かれたパセリみたいに申し訳程度になる。車窓から流れていく市街地の景色を目で流した。
駅に着くと電車から吐き出された人々がせかせかと改札へと急いでいる。僕は後の方から出てホームのベンチにかけて過ごし、人波が引いていくのを見ていた。
電車は芋虫みたいな顔を僕に向けたまま後退っていく。それが見えなくなるとプラットホームが細く切り取った空を見上げた。春霞の空はぼやけていてどうにもすっきりしない。
僕の眼が眠たくてかすんでいるのかとこすってみても何の変化もなくて、またため息をついた。その息は鈍い空に混ざっていく。駅の改札を出た時に、遠くでサイレンが聞こえた気がした。
車から両足を外に出して体を起こす前に、一秒ほど空に目をくれてやる。これは藤堂芳雄の現場入りのルーティンだった。それをする意味はない。強いて言うなれば、願掛けだ。事件にあたっている間は空を見る暇もないくらいに忙しくなる。解決まで見納めでもあった。
藤堂は頭を傾げて腰を浮かし、車外に出た。近くに止めた車から見る現場は騒然としている。藤堂は昨日までの非番のゆるみを張りなおすように背筋を伸ばして、現場まで闊歩する。