狭い住宅街に消防車が一台停まっている。消火活動は終わって、消防による現場検証が始まったところだった。藤堂は消防の職員たちの邪魔にならないように野次馬に混ざって離れた場所から現場を見渡した。

時刻は現在、九時四十五分。消防車と警察車両の赤色灯が回転して視界にうるさい。ついでに漂っている焦げ臭いにおいに顔をしかめた。

「またひどいな」

無精ひげの顎を撫でる。ざらついた感触が手に残った。消火は済んだとはいえ、先ほどまで燃えていたのだ。生々しい現場である。まだ白い煙が曇天に向かって細く伸びている。

消防が合図を送ったので新鮮な空気を惜しむように深呼吸をする。藤堂は胸ポケットに入れた警察手帳を取り出し、スプリングコートの裾を翻しながらその喧騒の現場の内側へ入っていった。

現場は下関の住宅街のとある借家だ。それを囲うにように黄色い規制テープが風に揺られ、その内側には駆け付けた消防と警察でごった返している。担架に乗せられた被害者が救急車で運ばれるのを無言で見送った。規制の外では野次馬や通報者、目撃者に事情聴取をしている警官で溢れていた。

後輩刑事の行沢の説明を聞きながら藤堂は再び顔をしかめ、現場の中央に向かっていく。

ガソリンでも撒(ま)いたみたいな鼻をつく臭いも微かに感じて気持ちが悪い。焼けた箇所は黒く煤にまみれ、ここが現場だと否が応でも分かる。

ベテランの風貌の消防士が疲れたような顔で藤堂たちのいる方向へ歩いてきた。藤堂と同じ年くらいの年頃に見える。

「他の家屋への被害はない。ケガ人がおって、さっき救急で運ばれた」

消防士は簡潔に言った。なまりが強い。壮年を迎えている消防士の表情は精悍で、職人のようにも見える。藤堂は信用してもよさそうな人だと好感触を抱いた。