【前回の記事を読む】火だるまになった先生は僕の名前を叫んでいた――まさか僕の母親が自殺したことと今回の事件、何か繋がりが…?
第三章
一年一組
行沢はふざけたにやにや顔を寄せてきた。初見では確実に無口で真面目の朴念仁だと思うだろうが、この男、実は茶目っ気たっぷりの三枚目だ。
「そういうわけじゃないが。ところで行沢は二組の担当だったな。宮園という女子生徒は聴取したか」
今回の事件は何かが違うのだ。
「ええ、しましたよ。遅刻したって言うんで念の為。それ、おいしいですか」
「あ、ああ」
藤堂は呆れて半目になって行沢に袋ごとグミを投げてやった。行沢はほくほくした顔で受け取った。あと数粒しか残っていなかったが、もらえるものは何でも喜べというのが行沢一家の家訓らしい。口に数粒まとめて放り込んだ。行沢の辞書に遠慮の文字はなさそうだ。
「特に変わった様子はなかったです。アリバイも調べればすぐ裏取りできる様子でしたし」
もちゃもちゃ噛みながら。
「そういえば、課長からさっき連絡が入ってましたよ」などとのたまった。
「ばかやろ。それを早く言え」
藤堂は慌てながら電話を取り折り返した。
一年二組
体育館では事情を知らない生徒たちが噂話を始めていた。声が幾重にも重なって形が曖昧になっている。そんな中で、校長が壇上に立った。いつもなら、なかなか訪れない静寂も今日はすぐに訪れた。誰もが校長の様子に注視して、言葉を待っている。
体育館を囲んでいるのは体格のいい大人だ。知らない人たちがたくさんいる状況が物々しい雰囲気を生んでいる。生徒の列の中、紛れるように様子を伺うことにした。きょろきょろ見回すと体育館で見張るようにして立っていた体育教師に無言で睨まれた。
「えー。まずはおはようございます。急遽ここに集まってもらったのは、今朝起きたことについて話さなければならないからです。落ち着いて聞いてください」
校長のしわがれた声がマイクで拡散されていく。尋常ではない様子にざわめく。しかし校長は話を続ける。自然にざわめきが消えた。冷えた空気で満ちた体育館に校長の声だけが響く。校長は簡潔に事件ついての説明をした。気遣わし気に行われた説明に残酷な現実は隠しきれていなかった。しんと静まり返った体育館の中で囁きさえ生まれなかった。
先生の住む家から火が出ているのを、近隣の住民が発見し通報した。火の中で発見された先生は搬送された病院で死亡が確認された。かなり痛みがひどく、遺体の歯形から本人と断定できたと言う。その声に再び静かな動揺が走る。
校長は説明を終えると、まだ状況を呑み込めていない生徒を置き去りにして警察官の紹介をした。私は警察の顔を覚えた。これから敵対する相手だからだ。ざわめきは時間がたつほど強くなっていく。