最上階の踊り場から安住が箒で掃き、我輩がモップで追いかける。仕事中はもちろん私語は禁止じゃが、安住のほうから、多少のお喋りはしてしまう。誰も見とらんからじゃが、キックボクシング野郎に目撃されれば、我輩にもローキックが見舞われ、大けがを被る。足の不自由な我輩でも、蹴りを入れられれば、展開によっては憤怒し、報復する場合もある。じゃから、仕事は真面目にやる。
天から母ちゃんが、我輩の働きぶりを見ていてくれるのじゃ。三十回以上も働いてきて、長続きせんかったけども、今はこうして、久しぶりに労働をしておるぞ。母ちゃん、あなたには、本当にお世話になり申した。天から見ていてくれな。ありがとうの。
そうするうちに、階段の最も上からモップがけせねばならなくなり、上半身を屈めたのじゃ。そのとき、疲労して体が動きづらかったことから、水で満杯のバケツにモップが引っかかり、豪快にひっくり返してしもうたのじゃ。
「あっきゃー!」
安住は叫び声を上げ、下から駆け上がってきたのじゃ。
「ついにやっちゃったね。やると思ってたよ。だいたい初日にひっくり返してしまう人が多いんだ。一つ下の階段までは掃き終えてるから、よくしぼってから、軽くモップがけやってきゃいいよ」
すまぬ、すまぬと連呼する我輩の心情を悟ってくれ、トンネルに潜ることなく、明かりが見えっぱなし状態じゃ。安住、ありがとな。
「もうギブアップかい? だらしねーなー」
「誰がギブアップと申した? 我輩は、自ら諦めることはせぇへんからの。とんだ言いがかりじゃ」
「こぼしたやつ、雑巾で丁寧に拭いておくから、こっちのモップがけ、やっといて」
新しい職種とはいえ、五十歳、いきなりの肉体労働で、体力の消耗が早いのかの。やる気満々じゃから、途中で投げ出したりはせぇへんのじゃ。
掃き、追う。掃き、追う。階段の手すりや窓拭き、這いつくばっての床磨きや雑巾がけ。
それらを延々と繰り返しの仕事で、親子ほどの年齢差を感じながら、我輩と安住は、素晴らしいタッグを組んだようじゃ。
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