「人聞きの悪いこと言わないでよ」

彼はおもむろに立ち上がり、玄関へ足を向ける。

「待って!」

「出ていくんだろう?」

それでは掛橋くんと鉢合わせてしまう。

「いつもみたいに、どこへともなく消えてほしいの」

「うん?」

ニヤニヤしつつ気のない返事を寄越す悪魔は、完全に面白がっているようだった。彼がこのまま居座った場合、一時的にバスルームに押し込めるような措置でも大丈夫だろうか。

なんて、考えている間にその姿は消えていた。ひとまずは無事に掛橋くんを出迎える。

その背丈を縮こまらせるようにしてソファに座る彼は、悪魔とはえらい違いだった。

「コーヒーにする? 紅茶にする?」

「……それ聞く?」

「え?」

「ブラックコーヒーが飲めない男だって、ばっちりネタにしてたじゃないか」

そうだっけ?

「じゃあ紅茶にするね」

手早く紅茶を淹れ、カップ二つをローテーブルに置いて、私も長方形の隣の辺に座る。

「ホントに久しぶり。いつ以来だっけ?」

「あすみちゃんが会社を辞めた日以来だよ」

「ああ、そっか」

同じ会社の派遣と社員だったのだから、そうに決まっている。前の職場は派遣の事務員をきっちり三年間雇ってくれたいい会社だった。今の職場だって、お給料は少ないけれど週休三日で小説を書く私のライフスタイルに理解がある。

「俺はあすみちゃんに小説家よりお嫁さんになってもらいたかったんだけど、君はそれすらネタにするんだね」

「……」

「いや、責めてるわけじゃないよ。実際に小説になったってことは、あすみちゃんには才能があったってことだし」

その小説を書いたのは間違いなく私だけれど、プロットを突き返されて悪魔に売り込んでもらった自分に才能があるのかは分からない。

「どうだった?」

「へ?」

「読んでくれたんでしょう?」

「ああ」

掛橋くんが苦笑する。

「小説家に言うのは筋違いかもしれないけどさ」

「うん?」

「あんなに赤裸々に書くことないだろう」

「……あんなに?」