人生の切り売り
一 契約
これでもかなり早く書けた方なのだが。
売れない小説家は生活のために週四日、派遣社員として働いている。調子のいい時でも一日せいぜい三千字、一本の小説を仕上げるのに三ヶ月という期間は恐ろしく短い。
「時間の問題じゃなくてさ。もし君が書き上げることができなかったら、僕が契約不履行になるところだったんだ。悪魔が契約した人間の願いを叶えられないなんて、前代未聞だよ」
「もし叶えられなかったら、どうなってたの?」 ―契約不履行の悪魔。
作家的にそそられるワードだが、答えは返ってこなかった。
「ねえ、執筆も手伝ってって泣きついたりしない?」
「はい?」
「だって僕の力で書いた方が、この先お互いに楽だろう?」
彼はまた美しい微笑を浮かべたが、不思議と魅力を感じなかった。
「嫌です。私は小説が書きたいから小説家になったの」
産みの苦しみは私のものだ。悪魔には渡さない。酔っ払った自分がそこまで考えていたわけではないだろうが、本当に都合のいい契約だった。
「残念。でも一つだけお願いを聞いてくれないかな」
「悪魔がお願いするの?」
「説明した通り、この契約はアフターケアが大変なんだ」
そういえばこの男、本当に悪魔なのだろうか。小説家の想像力で話にはついてきてしまったが、イコール信じているわけではない。証拠は何一つ提示されていないのだ。お願いの内容によっては、即刻警察に相談した方がいい気もする。
「君が次にいつ新作を書き上げるのか分からないから、書く気があるうちは僕をそばにおいてほしい」
「……へ?」
「執筆の進捗状況に手を出せないなら、逐一確認しにくるよりもずっと一緒にいた方が楽なんだよ」
「一緒にって」