やはり警察案件だろうか。と、思った瞬間に彼は顔面偏差値にものを言わせてきた。

「ダメかな?」

漆黒の瞳がこちらを覗き込み、つやつやした唇が魅惑的な笑みを湛える。ああ。彼の話が全てでたらめだったとして、年下イケメンの申し出を断る理由があるだろうか。

「分かりました」

「そう来なくっちゃ」

既に私は悪魔の掌の上にいる。

「神野さん」

「はい?」

気付けば、藤島希枝が戻ってきていた。

「彼氏とイチャイチャはよそでやってくれない?」

指摘されて初めて、自分が彼と触れ合う寸前の距離にいたことを自覚する。反射的に飛び退(の)いて、座ったまま空けられるだけ間隔を空けた。

「すいません! いえ、違くて……あれ?」

しかし彼女はそれ以上追及してこなかった。向かいに座り直すと、今まで見たことないような温かい笑顔を作る。

「神野さん、良かったよ」

「え?」

「こんなにリアルに迫った描写ができるなら言ってよ。そういうのプロットからじゃ分からないんだから」

そう主張しても、プロットを突き返し続けたのはこの女ではなかったか。

「だから言ったでしょう」

自称悪魔が得意げに割って入る。

「彼女の小説、じゃんじゃん売ってください」

「はい、頑張ります」

……ええ?

藤島は校正のスケジュールから書籍化までの段取りを確認すると、上機嫌でお見送りまでしてくれた。出版社の正面玄関で、イケメンと二人きりになる謎の状況。

「あなた、何者?」

「悪魔だって言ってるじゃないか」

彼はまた、魅惑の笑顔で全てを丸め込んでいく。