二 再開

藤島希枝から謝罪の電話が掛かってきた。

「今の売れ行きを考えたら重版でもおかしくないのに、力足らずでごめんなさい」

むしろ彼女が重版を狙っていたことに驚いた。これまでの実績を考えれば、多少売れ行きが良くても初版で打ち止めとなるのは妥当な判断だろう。

「次回作、期待してるから」

「……はあ」

電話を切ると、目の前に悪魔の微笑みが迫る。

「だから言ったろ。絶対に売れるって」

「それがあなたが悪魔だって証拠にはならないけどね」

この神出鬼没ぶりなら証拠になるかもしれないが。たいして広くないワンルームには、先程まで私しかいなかったはずだ。

編集とのやり取りの間、私は無意識に背筋を伸ばし、ソファの中央に座っていた。二人掛けで右も左もスペースが足りなかったからか、彼はひじ掛けに身を預けるようにしてこちらを見下ろしている。

「分母がまるっと人生だからな。恋の思い出の一つや二つ、売ったところで何百万部のベストセラーにはならないってことか」

「悪魔のくせに、その辺り把握してないわけ?」

私が出した小説は売れた。が、その数字は実にリアルだった。

「君のお願いが特殊すぎるんだよ」

うそぶくその顔が、きれいすぎて憎めない。

「で、次回作はどうするの?」

「もう少し待って。今、考えてるから」

この数ヶ月、私は悪魔がいる生活に慣れるのでいっぱいいっぱいだった。独身アラサー女の部屋に突然イケメンが転がり込んできたら―それが人間ではなかったとしても―意識せずにはいられない。

【前回の記事を読む】原稿を手に取ろうともしなかった女性編集者だったが、イケメンが一言頼むと状況は一変