と事務方に命じた。

訓令を受けた大使館側は大急ぎで英文案をまとめ直して翌日日本側に送付した。英文案と日本語案を比較検討した古代外相。日米了解案は即ゴミ箱行きとなった。

我輩はでき上がった英文案をその時初めて手にして日本語案と比較しながら読んでみた。その結果両案の間に微妙な差があることに気が付いた。

一つは日本語案に情緒的・感情的な修飾語や冗長表現が随所に追加されていること。

一つは日本語案と英文案との間に微妙な食い違いがいくつかあること。

前者は、日本側に了解してもらいたいという現地側の必至の思いが余計な修飾、冗長になったと思えば済ませる話。

しかし後者の食い違いは論点、立場の違いなので簡単に見逃すわけにはいかない。なぜならこの違いを巡る交渉そのものが日米交渉の目的だからである。

気づいた点は他にもあるが、読者の皆さんの参考に二点だけ挙げてみよう。

第一点 

〈英文案 「了解案の全般の前置き説明文の一部」 部分抜粋〉

Accordingly, we have come to the following mutual understanding subject, of course, to modifications by the United States Government and subject to the official and final decision of the Government of Japan.

     

〈送信された右記の日本語案〉

…前述の事情より茲に左記の了解に到達したり。右了解は米国政府の修正を経たる後日本国政府の最後的且公式の決定に俟つべきものとす。

(*筆者注)『日本外交文書 日米交渉一九四一年 上巻』(外務省外交史料館)に拠る。

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