「探検しようよ。木々の間に白い家が見えるぞ。僕たちの下、たいそう遠くに建っているよ。つま先だけを地面につけて、泳ぐように沈んでいこう。葉っぱでいっぱいの緑色の空気をかき分けて沈んでいこう、スーザン。走りながら沈むんだ。波がおおい被さるように、ブナの葉っぱがふたりの上に茂っているよ。
馬小屋に時計が掛かっていて、金メッキの針が輝いているね。屋根が平らになっていたり高くなっていたり、お屋敷だ。馬小屋番の少年がゴム長靴を履いて、裏庭をぼこぼこいわせながら歩いているぞ。あれがエルヴドンだ。
「さあ、木々の梢(こずえ)をかき分けて地上に降りてきたよ。大気はもうふたりの上で、なだらかで悲しげな、紫色の波を揺らしてはいないね。僕たちは大地に触れ、地上を歩くんだ。あれがご婦人たちの庭の、短く刈りそろえた生け垣だよ。お昼になると彼女たちは、はさみを手に持ってバラを摘みながらそこを歩くんだ。
今僕たちは、まわりを塀で囲まれた森の中にいるよ。ここがエルヴドンだ。分かれ道に道しるべが立っていたけど、そこに『エルヴドンへ』と書いてあったんだ。誰もエルヴドンに来たことがないんだよ。シダがとてもきつく匂い、その下には赤いキノコが生えているね。
おっと、眠っていたコクマルガラスを起こしてしまったぞ。人間なんて見たことが無いんだ。今度は腐り落ちた五倍子(ふし)を踏んづけちゃった。時間が経って赤くなり、滑りやすいや。
この森のまわりはぐるっと塀が取り囲んでいる。誰も来やしない。聞こえるかい! 藪の中でオオヒキガエルがどしんと音を立てたね。あれは太古のモミの実がぱたぱたと落ちる音だな、やがてシダの間で腐っていくんだ。
【前回の記事を読む】「どうか見つかりませんように…」願いはむなしく、彼女が僕を見つけた。