第1章 ヒト生体の情報処理

2 生体の歴史

生体の歴史

ヒトの視覚は、5億年の年月をかけて進化してきた結果である。視覚はヒトの持つ器官の中でも特に支配的な受容器である。例えば、文字を素早く読み取り、モニターから大量データを瞬時に把握する。

眼が誕生した後の生物史の中で、さらに一桁小さく近い過去、6,000万年前に、恐竜が滅び、地上の生物の主役交代が起きた。そこから哺乳類が栄え、類人猿が出てきた。

そして、さらに一桁小さく近い過去、400万年前に、人類の祖先、アウストラロピテクスが生まれた。そして二足歩行を始めた。それが手を器用にし、社会的関係を発展させ、脳を大きくした。

手は、ヒトにおいて、支配的な効果器である。手の器用さとヒトの知能は、相互に刺激しあって発達した。ヒトの手は、文字言語をはじめ、ヒトのいろんな文化に貢献してきた。ヒトは、ハサミや箸、マウスやキーボードを上手に操る。

さらに一桁小さく近い過去、35万年前に、言語が生まれた。生物が生まれてから四桁小さく近い過去に、概念操作が生まれたのである。それは、当面、音響言語だった。

さらに二桁小さく近い過去、5,000年前に、眼と手の能力を利用し、文字言語が生まれた。文字言語は、ヒト社会の中で、時空を超越する。それが、今日の文化・技術を紡いでいく。そして、それは遺伝子の変化ペースを上回って進んでいるかのようである。

しかし、眼と手と文字言語の影響が大きいがゆえに、音響言語の価値を見失ってはいけない。音響言語は、文字よりも二桁長い期間、ヒトの概念活動の母体であった。そのような音響言語は、その場の表現であり、コンテキストが具体的で豊かである。

誰が、誰に、何のため(意図)、何を、が明らかである。そのときの、まなざし、表情、声音、指差しなども、意図を補足するコンテキストとなる。これらは音響言語が持つ、状況性あるいは身体性とでも呼べる。

ヒトは今日、IT機器を操作するために、手と眼を使う。ヒトは今日、主に文字言語をコンピュータに与え、処理する。それらは、歴史的な経緯からして当然である。しかしそこでは、言語本来の、意図の直接表現、状況性や身体性を利用していない。さらに、言語が生まれる前からあった、優れたヒトの身体ヒト生体の情報処理能力も利用していない。