「それが、この牧場の生態系としてバランスを取る秘訣なんだろうな。結果として牛が腹をすかせることもないし、カムイは住み続けてくれている」

昼食を食べ終わると重盛は言った。

「わが家だけでなく、東隣の牧場も調査してみたらどうだい。隣は今どきのごく普通の経営をしているから、いい比較になるだろう」

山川と千尋、内燃は草地植生調査と土壌サンプリングを行い、大河、川原、出丸は草地の中の明渠(めいきょ)の電気伝導度を測定し、水をサンプリングした。

草地はシバムギが多くて、土は硬かった。明渠の水の電気伝導度の値も、牛が多い流域と同じぐらい高い値を示していた。

「この違いの意味を解くことが、もしかしたらとんでもない新しい事実につながるかもな」と大河はつぶやいた。

土と水のサンプルを抱えた一行は、千尋と重盛に礼を言うと、バイクに乗り込み帰路についた。千尋はちょっと頬を赤らめながら、見えなくなるまで山川のバイクに手を振っていた。

八.硝酸態窒素

中渡牧場の見学から数日たった放課後、大河、川原、出丸は水産実習室でミーティングをしていた。窓の外では層積雲が一面に空を覆い、やがて来る海霧の季節を予感させた。

三人はニジベツふ化場所長の久保田を待っていた。大河のスマホにメールで、いい情報があるから、放課後あたりに学校に行く、と言われていたのだ。

階段からスリッパのパタ、パタという足音が聞こえてくる。久保田が水産実習室に、ひょっこり現れた。

「よぉ、水産クラブの面々は元気かな?」

「あっ、久保田所長。お待ちしていました」と大河。

「ところで、いい情報って何ですか」と川原。

「札幌にある、『北海道ぎょれん(北海道漁業協同組合連合会)』から、ふ化場用水の分析結果が届いたんだ。これがそのデータなんだが、一緒に水産用水基準の改訂版も送られてきた」

久保田は少し息を弾ませながら、大河たちに冊子を見せる。大河は、久保田からデータが書かれた冊子を受け取ると、データを目で追った。川原と出丸ものぞき込んでいる。

そこには、ネムロ海区のすべてのふ化場の用水の水質分析結果が記されていた。

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