第1章 山本果音
十一.やり甲斐
暇だった果音の学校生活が、突然忙しくなった。
「バーバラが、こき使うから!」
果音は口ではそう言うが、嬉しい気持ちで溢れていた。
バーバラが文章を書き、果音が空いたスペースにイラストを描く。
「いいね~、天才だね~」
バーバラはしつこいくらいに、果音を褒める。
毎日、つまらないギャグばかり言い、忙しいと言いながら急に踊る。時々歌い、リフティングを始める。
果音から見ると、バーバラは相変わらず「変な大人」だ。
でも、果音は楽しかった。
『保健だより』が出るたびに、果音はたくさんの人から褒められた。
果音自身、こんなに多くの人から褒められるなんて、想像もしなかった。
褒められると、恥ずかしさでくすぐったかったが、何故か涙が出そうになった。
こういうのを「やり甲斐」と言うのだろうか。
果音はそう思った。
お昼休み、果音の担任が保健室へやってきた。
「ちょっと、よろしいですか?」
バーバラはパソコン画面から目を離し、「ええ」とだけ答えた。
三十二歳独身。がっちりした体型で、見るからに頼り甲斐のある先生だ。
生徒は皆、彼をゴリラ先生と呼んでいる。
バーバラはまじまじとゴリラ先生を見る。
(なるほど、ゴリラだ)
生徒たちの言うことが納得できた。と同時に、子供の観察力と、ド直球のネーミングセンスに感服するのであった。
バーバラは笑顔で問いかける。
「どうかされましたか」
ゴリラ先生は少し話しづらそうに、「あの、実はうちのクラスの、山本についてなんですが」と、切り出す。
「はい。山本さん、保健委員として活躍していますよ。イラストも評判がいいですし」
「ええ、先生には感謝しています。ただ、責める訳ではないのですが、山本、すっかり自信つけたみたいで、高校からはイラストや絵の専門学校に行きたいと……」
「ああ、そうですか。それが何か?」
「先生にそれを止めてもらいたいのです。内部進学させないと、上の者もうるさいですし。何よりも絵は高校に通いながらでも習えるじゃないですか」