何者あるいは死者の日によって、思い出をいったりきたり縦横無尽に往還し、やがてどちらが現在地かわからなくなる。一瞬の閃光が十歳ぐらいの女の子が歩くあたりを包む。
女の子は何事もなく歩き続ける。しかし、まもなく、むきだしの腕や太ももがふくらみ、それが破れ肉が崩れ落ち、むきだしの骨からは血が滴り地面に黒いしみをつくった。転々とそげおちた肉片が塊を残して。しばらくすると女の子はバタッと地面に倒れ伏した。
四十六
ようやく長い冬のトンネルから抜け出せるのか、春の気配がそこかしこに感じられる。昨晩は一睡もできず、定番の深夜ラジオを聞いてアレコレとよしなしごとを考えて朝になった。
睡眠導入剤がちょうど来週末の病院へ行く前に切れてしまったので、やはり薬で眠れていたんだなと、これで証明されたようなもの。
ベンピは二日目。仕事が休みになると、なぜかベンピ。これも飲み薬の副産物らしいが、どうもそれだけではないような。仕事のある日は、むしろゲリぎみな感覚で、躰の方が出したがる。神経性の部分がかなり作用しているのではと思われる。
夕暮れを待つベンチには人の姿もなくて、
くれなずむ空の下で少しずつ闇は、
ベンチの足元からはい登ってくる。
山の淵がオレンジ色の膜にふちどられ、
まだ太陽は半分も隠れてはいない。
それを誰もいないベンチだけが見ている。
美しい羽根をひろげて戯れる蝶たち。
彼らは毛虫のような姿で枝をはっていた
みにくい時代を覚えているのだろうか。
うつろふ時の波とゆられもまれて、へどもどしながら、現在へとたどりついたわけで、いさぎよく生きねばならぬ。
人は過去を思う時善良になるらしい。
何気ない日常のなかに、何の前ぶれもなく。
ついと悲しい影が胸をかすめる。
すると修作はしばらく身動きもままならなくなり、
その悲しい影にとらえられ、死にたいと呟く。生きたい、と呟く。
ペットボトルの山が燃えて、鳥が防毒マスクを
つけて上空を飛んでいる。
蟹がペットボトルを背負って歩いている。
ZONE、雨、霧、もやもや、煙、犬、木々、火、
廃屋、よごれ、汚穢、したたる水、ジョイス、
意識の地図、エングラム……。
「わたしの言葉どこいった、わたしの魂どこいった、
わたしの良心どこいった、わたしのないものねだり
どこいった、わたしのあくびどこいった」
深夜、枕元に置いたケータイがなった。修作はその音に目を覚まし、ケータイを手にとると、メールだった。開いてみると、画面にはたった一行だけ、「死にたい」という文字が表示されていた。