四十五

夜、一人でベッドに横たわり虚空を見つめていると、毎夜のことだがいろいろ過去を呼び戻しては、赤面している自分がいる。たいがいきまって、自分がやらかした黒い歴史が思い出されてくるからだ。

失敗した、と冷や汗をかくことはやたらと蘇ってくるのに、何かほめられたとか、成功体験的なことは、ほとんど修作には蘇ってこないのはなぜなのだろうか。恥ずかしさにいてもたってもいられないことばかりだ。

たとえば、恋文のたぐい、へたくそな恋愛ベタの文章をいきなり送りつけたりして、面と向かって話をできないために、それでなんとか恋愛が成立するとでも思っている愚行に赤面。

躰を震わせて、ニイッと苦笑してごまかしたのち、頭を何度も振って、その記憶を振り払うようなマネをしてみるのである。頭を振ったところで過去は書きかえられないと知りつつ、自分がかつていたその場から消え去りたい誘惑にかられるのもきまってそんな時だ。

あー恥ずかしや、恥ずかしや………呟いて、やっぱり一人きりの時間が流れていくだけ………。

年を経ればいろんなことがわかってくると思っていたが、それは逆なんだなとつくづくこの頃思われてしかたない。老いぼれれば老いぼれるほど迷いは深く多岐にわたってとめどがない。いよいよいろんなことがわからなくなってくる。

それが、「答えのない」ことについてあーでもないこーでもないと思いを巡らせているということが、ようやくわかってきた、ということが唯一の救いかもしれない………。

若い頃は何につけても答えばかりを求めていた。答えを出すことが成長することだと勘違いしたかのように。

しかし、答えだと思ったことが、答えだと思い込もうとしていただけだった、のではないか。

「答えなどない」そのことそのものについて、気づくことが年を経たことのひとつの証明となるという、なんともいえない悲喜劇が、老いることではないか………。

この世の事はすべて仮事、すべては過ぎ去り、神はお許しになる。地中の根が女体の群れとなって伸びていく。

虚相を思う葦。陰陽の反転。地球儀にマスク。

地下鉄のガラス越しに黒い影がループする。

忘れ得ぬ永遠の処女。人間の雫が滴り凝縮し、結晶となって輝く。

手と手を一瞬ふれあい誰にもわからずに、そのまま別々の人生に戻っていく。

いつも見ているのに、何も見てはいなかった。

ビンのなかのロックンロール。世界の悲劇をそのまま人間にしたような。

レールは先の方はるかで交わる、あそこまで行けば交わる、理解しあえると、徒労を重ねる。たどりついてみれば、レールは平行線のまま、はるか彼方へとまだ続いていた。