古い文献にある従来の十二支縁起の流れ

並川孝儀(なみかわたかよし)氏の『構築された仏教思想』によれば、従来の十二支縁起の流れの説明は、小部(しょうぶ)経典の「ウダーナ」において、次のように語られています。

『私は、次のように聞いた。

ある時、世尊はウルヴェーラーのネーランジャラー河のほとりにある菩提樹の根元で悟りを開かれたばかりのところであった。

さてその時、世尊は七日間結跏趺坐(けっかふざ)して解脱の楽しみに身を置いていた。そして、その七日が過ぎて、世尊はその三昧 (さんまい)から出られ、宵のころに、縁起を順に従って正しく思いめぐらした。

「これがあればかれあり、これが生じるゆえにかれ生じる」すなわち、

「無明によって行が、行によって識が、識によって名色が、名色によって六処が、六処によって触が、触によって受が、受によって愛が、愛によって取が、取によって有が、有によって生が、生によって老い・死・憂い・悲しみ・苦しみ・悩み・失望が生じる」と。

この苦しみの集まりの原因は、このようなものである。』

また、十二支縁起の各支の意味については、相応部(そうおうぶ)経典の分別12、2と、縁12、27において体系化され詳しく説明されていますが、その内容は煩雑で納得できるものとはなっていないと思われるので、ここでは省略します。

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