「野球の本に書いてた」
「その本、貸してくれよ」
「いいよ」
「それとさ」
「何?」
「明日も一緒に野球しようぜ」
「うん!」
「じゃあ、もう暗いから帰ろ」
「じゃあな」
「また明日な」
僕は嬉しくて嬉しくてたまらなかったんだ。今まで誰も友達がいなかっただろ。でも、今日少なくとも、一人は僕と気持ちが通じ合う人がいる。家に帰ると、弘田さんが座っていた。
「今日お迎えに上がったんですが、坊ちゃんが野球をしているのを見て帰りました」
「ごめんなさい、でも声をかけてくれればよかったのに」
「いい球、投げてたじゃないですか」
「本当?」
「うん、綺麗な回転のかかったいい球でしたよ」
「ありがとう」
「でもね、今日夢中になって投げてる坊ちゃんを見て、僕は本当によかったなって思っているんですよ」
「……」
「坊ちゃんの周りには大人しかいない。物質的にはね、恵まれているけど、人間にはもっともっと大切なことがある、と僕は思っているんですよ」
「……」
「それは人を好きになることです。そして人から好かれるということです。愛し、愛される、ということが人にとって一番大切なことだと思います」
「よくわからないよ」弘田さんは眼鏡の奥の目を細めると、言葉なく何度かうんうんと頷いていたっけ。