「お願いだよ。一人だけでいいからさ」
「お前、今日初めてだろ。外野だって上手くできないだろ」
みるみるうちに、ピッチャーの子が不機嫌になっていく。仲間に入れてもらえた最初の日なのに、しくじったな、と思っていると、中田君がやってきた。
「いいじゃん、こいつに一人ぐらい投げさせてやったら?」
「何で」
「いや、こいつ、結構野球詳しいよ」
「ふーん、じゃあ、一人だけな」
その時の僕の気持ちをどう表現したらいいんだろう。君らは僕の夏休みの秘密練習を知らないだろう? 僕のまっすぐとカーブを打てるはずがない、という自信? いや違うな。アイツ野球下手だなと思われたらどうしよう、という緊張? うーん、どれも少しずつ近いかな。
あっそうだ! 僕に今、友達ができようとしている。そして今野球をしている、という充実感だ。それだ。きっとそれなんだ。
「ぼけっとせずに、早く投げろよ!」
驚いた僕は、ごく自然に振りかぶり、ボールを投げていた。
「ありゃ、投げちゃった」
僕の記念すべき第一球は、あっけない感覚しか残らなかった。でも、自然体で力が入らなかったのがよかったんだろう、我ながら回転のいいまっすぐを投げることができた。もちろん、バッターは空振りさ。三球三振を取った後、中田君が来て、こう言ってくれたんだ。
「すごい球だな。この後、お前ずっと投げろよ」
まんまるで大きな夕日が沈む頃、僕らは校庭の隅で、給食の残りのパンを食べた。そして、空き瓶に水と粉末ジュースの素を混ぜたものを飲みながら、今日の自分たちのプレイについて語り合った。
「お前さ、あのカーブ、どうやって投げんの?」
「うーんとね、釣りしたことある?」
「フナならあるけど」
「釣り竿をね、投げる感じで、こう、球の縫い目に指をかけて、球を抜くんだ」
「すげえな、何でそんなこと知ってんだ?」