鶸色のすみか
それにしても動きづらい。蜘蛛の巣に絡め取られた虫のようになって諦めて脱力すると、くるりと反転し視界が変わった。
真下から木々の梢を見上げると、その奥に空がある。さわさわと葉擦れの音が耳元で心地よく聞こえる。密に重なり合った青紅葉の葉っぱの間から漏れて届く午後の陽と空の青さが、目に染みて瞼が重くなる。
目を閉じて鳥のさえずりに耳を澄ます。白鳥さんがサッシにもたれてこちらを見ている。
「とっても気持ちがいいです。ハンモック、最高」
梢とハンモックの間にできた月子の居場所に、あっちからこっちから風が寄せてきて、大きな刷毛が頰を撫でていく。透明な何かに守られて、ずっと前からここに住んでいたような気がする。
庭のある家に暮らしたことはないけれど。春を慈しんで、夏に親み、秋を憂いで、冬を愛で、季節が何度も巡って、暮らしていたのかもしれないと思いを馳せる。
小さな鳥がやってきて梢を揺らす。まだらに緑がかった黄色の羽をまとった小さな鳥。遠くに見える、午後の陽を受けた雲の色のような暖かで人懐っこい色だ。
ハンモックから起き上がろうとしたとき、梢から白いものがぽとりと落ちてきた。小さな鳥の糞だった。ハンモックを掠めて土の上に落ちたので月子は難から逃れた。
リビングに戻ると白鳥さんの姿が見えない。トイレを借りるために廊下から洗面室の方へ行くと、チロチロと水の音がする。白鳥さんが洗面台の前にいた。祈りを捧げるように濡れた手を胸の前で合わせ、目を閉じて動かずに立っている。月子はそっと、リビングに戻った。
テーブルにはすでに数皿惣菜が並んでいた。なかなか豪勢だ。月子が持ってきた焼き穴子も並んでいる。
まち唯一の魚屋さんが店で焼いている名物の人気の焼き穴子で、タレに漬け込みながら炭火で素早く焼き上げるので風味絶品、穴子好きの月子にとって、特別なハレの食べ物だ。焼き鳥、しめ鯖、おでん。居酒屋みたいだ。