音響事業本部ポータブル機器事業部で製品企画の仕事に携わることになった。法務部とは職場環境が大きく異なり、広いフロアーに三〇〇人以上の従業員が所狭しと計測器、ホワイトボード、モニターや机などが並べられた仕事場で、ネクタイを外して働いていた。
部長席は従業員と機具に隠れてどこなのか分からなかった。法務部とまったく違った職場環境に驚きを隠せなかった。
大神会長が社長の頃、渉太郎はこの事業部で苦い経験に遭遇している。国内や海外の有力顧客を招いての国際コンベンションが開催される前日に、大神社長が会場である品川のホテルに視察に来られたときのことである。
「社長が来る」
どこからともなく聞こえてくる声を耳にした。
その瞬間、蜘蛛の子を散らすように多くの社員が部屋から消えた。渉太郎もとっさに別室に逃れようとした瞬間、渉太郎の前に仁王立ちする社長の大きな体が立ちはだかった。
「君、この展示製品の説明をしなさい」
随行の人から鋭い視線を投げかけられた。
「このモニターをご覧いただくとお分かりのように、バッテリーの消耗に伴って、ノイズが……」
渉太郎が緊張しながら説明した途端、
「なぜだ!」
大神社長の響き渡る低い声が部屋中に轟いた。