第三章 突然の呼び出し
一時間に二便発車するバスを待つ時間が、何時間も経つようでひどく長く感じられた。渉太郎は孤独感に襲われ立ち眩みしそうになっていた。ほどなく巡回バスは目的の事業部に着いた。
すでに仕事を終えて帰宅する同僚もいた。
彼らは渉太郎を見るなり、薄笑いした表情を浮かべながら立ち去って行った。
渉太郎は嫌な予感がした。「なぜだ!」の呪縛から一刻も早く逃れたいと思った。
自席に戻らずに、急いでエレベーターに乗って副社長室に直行した。
ゆったりとした空間の明るいフロアーは、今の渉太郎とは対照的であった。ガラス張りの副社長室の前に座る秘書に恐る恐る近寄った。この場所に単独で来るのは初めてであった。
「ポータブル機器事業部製品企画課の幸田です。事業本部長からの……」
名前を告げ、用向きを説明した途端に、秘書は大慌てで内線電話をしだした。
訳も分からず、秘書の横で呆然と突っ立っていたところに、床を踏み鳴らす足音が、まるで地響きを起こすかのような勢いで突進してきた。
事業本部幹部と思しき人の大勢が、取るものも取りあえず副社長室に集められたようであった。いつもは物静かな理詰めの技術者もこの時ばかりは、髪を振り乱し、ネクタイが乱れ、顔が一様に引きつっていた。普段から度の強い眼鏡をかけていて目が小さく見えた直属の課長が、眼鏡を外して集団の最後に息急き切って必死についてきている姿は渉太郎には滑稽にさえ思えた。
迫りくる集団が、渉太郎を見るなり刺すような視線を放ってきたときに、渉太郎は我に返った。社長の前での部下の大失態に怒りを露わにした上役に取り囲まれて、渉太郎は驚愕した。
部下の大失態で、サラリーマン人生を棒に振ることだってある。彼らも自分の立場が危うくなることへの不安と、焦りが表情にありありと出ていた。
このときばかりは「とんでもないことになってしまった。身を隠すことができればこの場から逃げたい」とさえ思った。
しかし、状況説明だけはきちんとしないといけないと思った。