第二章 電話の謎
話をしている間、青山議員に失礼に受け止められることのないよう十分に配慮しながら、部屋の中に視線を巡らせた。部屋の真ん中には、派閥領袖の大きな写真が飾られていた。
他には書籍や書類が山積みにされ、驚いたことに片隅には大きなゴルフバッグが置かれてあった。再び部屋中央の大きな写真に目を移したとき、渉太郎の視線の先を指差しながら、大臣経験のある青山議員は力強く言い放った。
「咲山先生は必ず天下を取る。だから君に最後まで頑張ってほしい。場合によっては井田社長に挨拶に行く」
青山議員は総理を目指す咲山先生の下で仕事をしてほしいと暗に示唆した。緊張の糸がほぐれないにもかかわらず、耳慣れない「天下を取る」の言葉を投げかけられて、渉太郎は改めて今の立場を悟った。渉太郎は恐る恐る尋ねた。
「これから私はどのようにしたらよろしいのですか」
「君は何もしなくていい。時がくれば会社を辞めて、咲山先生の事務所でいろいろしてもらうことがある」
「畏まりました。それではご指示をお待ちしております」
幸田渉太郎は居住まいを正して、鷹揚に構える青山議員に、四十五度の姿勢でお辞儀をした。
渉太郎は、青山議員との密談をいったん忘れ、気持ちを切り替え地下鉄に乗って会社に戻った。席に着くと、高杉が待ち構えたように渉太郎を別室に来るよう顎をしゃくった。
「青山先生のところに行ったらしいね。一声かけてくれてもよかったな」
穏やかな言葉の端に、私をなじるような余韻が残されていた。
「朝一番で事務所に伺ったものですから。昨日の帰り際、予定表に青山議員(議員会館)と記しておきましたが」
高杉の問い詰め責める口調に対して、憮然としながら返答した。
「そうか、それでどんな話があったのかな」
高杉は俄かに口調を和らげてきた。
「特段の話はなく、桐陽学園の大川先生が主宰するフォーラムの様子などを聞かれましたが」
「それだけのために、わざわざ君を議員会館まで呼び出したのかね」
高杉はいぶかしそうな表情を浮かべながらも、再び渉太郎を探ってきた。
「他には森永総理を囲む会での井田社長の様子についても聞かれました」
と、とっさに渉太郎は話をかわした。
井田社長は森永総裁とは同じ大学の出身で、その縁から郵政省所管の情報通信審議会の会長や日銀政策委員会審議委員などに就いていた。
「それなら合点がいく。それで君はなんと答えたのかね」