いったん美智子を掴んだら容赦のない、この頑丈な手が男の手だと思っていた。私はこの手に、慣れ親しんできた。あの、魂を掴まれたという感覚は何なのだろう。
魂を抱きしめられたと思うなんて、私はどうかしている…… 田村は、今でも時折美智子の働いている花屋に来ることがある。会社関係の花束を注文したり、シクラメンや胡蝶蘭を買ってゆくこともある。
いつも変わらず穏やかで優しい。美智子は花を渡すときも、お金を受け取るときも、田村の手に触れないようにと、緊張する。
孝介の実家から母親が寝込んだという知らせがあった。実家は兄夫婦が継いでおり、差し当たっての心配はないということだったが、週末の三連休に見舞うことにした。
連休の初日なので早めに家を出た。由布子は普段の登校時間より早いのに不満そうな表情も見せず、お気に入りのスポーツバッグを膝に乗せ、後部座席に収まっている。久しぶりの両親との遠出がうれしいのだろう。
やがてバッグの中から受験用の問題集を広げて書き込み始めた。
「由布子、あんまり根を詰めると車酔いするから……」
美智子の言葉にうーんというのんびりした返事が返ってきた。メーターの針が時速百キロを超える。
「そんなに急がなくても……」
美智子が呆れたようにつぶやくが、車を運転すると開放感があふれ出すのは美智子も同じだ。
高速から一般道に下りた。周囲の山や畑が懐かしく、空気も心地良い。帰ってきた……
これは孝介も美智子も同じ気持ちなのだ。
国道の途中に山並みを分け入るような大きな広場が現れた。まだ新しい建物がいくつか並んでいる。道路脇にそびえるような看板があった。
「道の駅・こうしゅう」
孝介は、へえ、こんなのができたんだとつぶやきながら、車を駐車場に入れた。広い駐車場、トイレ、レストラン、土産物、土地を紹介するコーナーでは物産展と販売。観光客は地場産業のところに集まっていた。
採りたての野菜がビニール袋やパックに小分けされ、生産者の名前が印刷されたカードが入っている。孝介はプチトマトのカードに同級生の名前を見つけた。
同姓同名かと手に取って眺めていると「おい!」と肩をたたかれた。振り向くと名前の本人だった。
何年ぶりだろう。