一歩
美智子は半年が楽しかったと感謝を込めて言った。グループがうまく運んだのは田村の公平な人柄のせいもあると思えたからだ。
「あなたのブレスレットにはメダイがついていますね、クリスチャンですか」
田村は思いがけない話題を振ってきた。
美智子は顔を赤らめてシャツの袖を引っ張った。
「僕は中学と高校がミッションスクールだったので、そういうことに目がゆくのですね。十字架をネックレスにしている人はよく見かけるけれど、ブレスレットにしているのは珍しいと思いました」
楽し気に話すのは、思い出が懐かしいことばかりだからだろうか。
その雰囲気につられるように、美智子は昔の話をした。
高校の修学旅行で京都に行ったとき、自由行動で友達と教会に行ったのだ。
京都ならお寺でしょと言いながら、旅館の近くに見えた十字架のある細い屋根の建物に惹かれて入っていった。
石造りの古風な門柱には「カトリック教会」とあった。
長椅子が並んだ大きな部屋はステンドグラスの窓で囲まれていた。夕陽は窓ガラスを通って美しい光となり床や椅子にまで届いていた。
長椅子の隅に人影があった。詰襟を着た後ろ姿、跪いて祈っている。静かな空気の中で、二人は立ちすくんで動けなくなった。
正面に大きな十字架がかかっていて、横にはマリア像もあった。どちらに祈っているのだろう、何を祈っているのだろう……
ふと人影が動いた。祈っていた人が立ち上がり、こちらに歩いてきた。見とれるほどに美しい若者だった。
美智子たちなど見えないかのように、戸口に消えていった。あんな風に静かに祈れたら、心がずいぶんと休まるだろう。美智子の教会への思いはそこから始まっている。
その時、教会の案内所で細いブレスレットを買ったのだ。
「田村さんは、お祈りをしますか?」
一瞬の沈黙の後、田村は言葉をつないだ。
「話すことも考えることも、祈りにつながるでしょう。そう、あなたのことを考えるときも祈りの中ということです」
ユーモアを交えた笑顔だった。