名乗り出たのは長束正家であった。色白の瓜実顔をした正家は公達のような口髭を蓄え如何にも事務方らしい理知的で端正な面立ちをしている。
「恐れながら……」
と口を挟んだのは義宣である。
「これは佐竹殿。なんぞ妙案でもございますかな?」
「はっ。そのお役目、当家の太田三楽斎にお申し付け願いたく存じ上げます」
「ほう、三楽斎殿とな?」
「はい。かのご老体、かつて忍城に寄食したこともあり、さらにはご息女が成田氏長殿の妻女という縁もあれば適任かと……」
「ほほう。では、その件は佐竹殿にお任せ致すとしよう」
持ち場の下忍口の陣屋に戻った義宣は太田三楽斎を呼び寄せた。
「そちの息女は成田氏長殿に嫁しておられたはずだが……」
「はっ、如何にも。嫁いでおり申す」
「で、名を何と申されるか?」
「於瀧(おたき)……と申しまするが……」
三楽斎は怪訝(けげん)な顔をしたが間もなく義宣の言わんとすることを察したように二、三度頷いた。
「うむ、そういうことだ。そちが和戦の使者を務め於瀧殿を介して説得してはもらえまいか」
「さてさて、難題にござりまするな。なにしろ気の強い女子でござりますれば……」
三楽斎は言葉を濁した。
「三楽殿。もし於瀧殿の説得叶えば儂(わし)も三成殿、いや関白殿下に対して手柄にもなろうというものだがな」
「……」
「それとも三楽殿。説得叶わぬ時は恥とでもお思いか?」
何としても三楽斎にこの任を引き受けてもらわねばならぬ義宣は、ことさら語気を強めた。
「なんの、もう某も八十になんなんとしております故、近いうちに恥も一緒に冥土へ持ってゆく所存なれば、御屋形様のご意向のままに……」
「おおっ、かたじけない。引き受けてくださるか」
義宣は最近ぐっと気が弱くなった三楽斎の痩せた両肩を引き寄せると耳元で囁いた。
「三楽殿。お任せ致しますぞ」
しかし、三楽斎が持ち帰った返事は"和"ではなく"戦"であった。