「警察はそのことをどう言っている?」
「どうもこうもない」彼は絶望的に頭を振った。「警察は頭から犯人は僕だと決めつけていて、僕の言い分を一切取り合おうとしない」
掛川は少し考え込んでから再び口を開いた。
「ここは大事な点なんだが、君は警察に自分はやっていないと一貫して主張したか?」
「もちろんだ。僕はやっていない。やっていないものはいないとしか答えようがない……たとえ警察が何と言おうとも」
「そうか……たとえやっていなくても、取り調べの厳しさに耐えかねて、自白して有罪になる例はよくある。最近は特にそうだ。この国は欧米から遅れを取っている。警察の捜査はまだ科学的とはほど遠い状況だ。彼らは自白偏重主義だ。気を付けろ」
正次は国選弁護人を罷免したと言った。親族は母親の他に叔父や叔母、従兄弟たちがいるが誰一人面会に来ない。
「お母さんも面会に来ないのか?」
正次は首を振った。掛川は違和感を持った――当節の日本の母のイメージは、〝子供の為には身を捧げ、どんな苦労もする〟といったものだったからだ。最近ブームになっているいわゆる〝母もの映画〟はそんな涙を誘わずにはいられない、健気で献身的な母親の美しくも自己犠牲の物語で埋め尽くされて、女性たちの間に絶大な人気を誇っていた。
「お袋は僕が親父を殺したと信じ込んでいて、僕に怒りしか感じていないんだろう。『そうじゃない』と言ってみたってどうせ聞く耳を持たない。昔から頑固な女性だったから」
掛川は学生時代羽振りの良かったぼんぼん育ちの正次が、孤独と不安の中で立ち往生をしているのを知って哀れに思った。真実が何であれ助けを求めてきた友に知らん顔は出来ない。
彼は自分が正次の弁護を引き受けるに当たって被疑者の弁護人が誰でも要求することを正次に求めた。
自分に嘘をつかないと誓えるか? 正次は誓った。
正次の言い分を丸呑みしたわけではなかったが、彼の誓いが本物かどうかはいずれはっきりするだろう。掛川は果たして自分が役に立てるかどうかは分からないが、出来るだけのことはやってみると正次に言った。