【前回の記事を読む】【小説】ピッ、チカッ。眼底検査中、ふと考えたのは測量士である彼の眼のことだった…
鶸色のすみか
そんな趣味を持った友人も愛犬もいないけれど、想像の中でグランピングを体験する。キャプションのテキストによると、最大収容人数八名でテント一張り六万円かぁ。結構するんだ。格上のビジネスホテルよりお高い。月子は空調の効いた部屋できれいなベッドの上で眠りたい派だ。
他にも県内でグランピング施設があちこち雨後の筍のごとく開業しているらしい。メインに使う画像は施設全体を俯瞰するような角度から撮影されていて、円錐形に張られたアイボリーのテントが杉の林に点在している。まさしく雨後の筍だ。
うーん、進めていたデザインをちょっと変更してみよう。雨後の筍みたいなグランピングテントの写真を最大限魅力的に映えるよう見開きレイアウトにしてみたらどうだろう。
コマンドを親指で押さえながら人差し指でZを連打して、作業を遡る。指先だけで時間を巻き戻し、過去と未来を行ったり来たり、気分は魔法使い。過去をなかったことにする小気味良いこの作業が好きだ。
デザインの環境は日進月歩だ。ウェブ上にはデザインのアイデアが無尽蔵に溢れ、無料で使える素材データにも困らない。何度もダウンロードしているので、ダウンロード中の数秒間画面に登場するヘタウマに描かれた汗かきおじさんの静止画イラストに、他人とは思えない親近感を覚えるほどになった。
初稿デザインのPDFを先方に送信した。何度か修正やダメ出しに対応したら、連休前には印刷も終わり道の駅や高速道路のサービスエリアでお目にかかれることだろう。
これが納品できれば、毎年依頼されている百ページほどある総合病院の院内報がある。毎年ほぼ同じ構成とデザインが踏襲されていて、画像やテキストの変更や更新が主だから編集やデザインで悩む必要はないが、量が量だけにまた目を酷使するだろうな。
着信音が、かつての同僚からのメールを知らせる。バナーデザインの依頼だった。印刷物のデザインから完全に手を引き、ウェブ動画編集でかつての倍ほど稼いでいるらしい。
部分的に使われるアイコンやバナーのデザイン、ちょっとしたフォントデザインなど、自分が手が回らない時に、月子に仕事を回す。一時間もあれば作れるものが多いので、一本三千円は月子としてもありがたい。
かつての同僚の今の仕事ぶりを目の当たりにすると、紙媒体の制作しか能がないことに幾分沈鬱になる。コネクションさえあれば、ウェブコンテンツ制作なら地方の在宅デザイナーでもまあまあ旨味のある制作費がもらえるらしい。