月子は、平面の紙媒体を主な仕事とする地方の底辺デザイナーだ。報酬もピンキリだ。何しろ、ウェブと違って印刷物は出来上がってから修正することができない。だから納品したあとだって気が抜けない。

納品予定前後のクライアントの電話ほどドキドキするものはない。入稿ギリギリに修正が入ったり、入稿後にテキストの重大な間違いに気づいたり、こちらの責任の範疇外であっても、まず入稿したデザイナーに連絡が入る。

しかも、ここ数年はフリーであるということで足元を見られているのか、対価が徐々に低くなっている。にもかかわらず、ソフトウエアも今どきはサブスクで売り上げに関係なく毎月毎月家賃のように支払わなければならない。バカにならない固定費のおかげで食費も切り詰めるようになった。

それなのに、校了前に大量赤字修正を提出されたりの無茶振りも日常茶飯事だ。魔法使いでもなければ無理ですがと内心毒づく。校了前のデザイン修正には、入稿データを上書きする手間がかかり、慎重にしなければデータミスにつながることをデザイナー以外は誰もわからないという疎外感だけが募る。それでも反論できない立場なのだ。

挙げ句の果て、好きなことで稼いでいるんだから多少の苦労は当たり前という無言の圧力。逆クレームの一つや二つ放ってやりたいと怨念が渦巻く心の闇を抱えながら、データ修正を終えて、ウェブ入稿で納品してしまうと、腹立たしさも失せている。後味の悪さだけが、あとを引く。

それに比べるとウェブは完成後も、クリック一つで、修正、更新できるという利点がある。だからなのか、ブログ系コンテンツなんかのサイトを閲覧すると、テキストの誤字脱字の多いことといったら。誤字を見つけると、月子は密かに有頂天になる。

とはいえ、ウェブデザイナーにもそれなりの苦労が付きまとう。ウェブサイト作りには、クライアントの売り上げや問い合わせの増加につながることが求められ、最新のソフトウエアを使いこなす高いスキルとセンスが要求される。

検索エンジンの最適化とかアクセス解析とかまで求められて、別契約や別料金であることを説明してもゴネられることも多いらしい。目に見えないものにコストをかけることの意味から説明しないといけないなんて、主客転倒じゃないのか。