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序章

ヒトと道具の調和のために

コンピュータはヒトの能力と調和していない

ヒトが日常的にできることは、以下の3つの事柄に分けられよう。

〇生得的能力でできること

〇社会的教育によってできること

〇身体的訓練によってできること

現在のヒトとコンピュータという道具の関係はどうか?

〇例えば、ヒトは、ハサミや箸を見よう見まねで難なく使えるようになる。それに対してコンピュータは、マニュアルを読まないと使えない。つまりその概念体系は、ヒトがほぼ生得的な能力で自然と把握できるものではない。

〇例えば、ヒトは、意識せずに歩くことができる。また、自転車に乗ったり自動車のハンドルを操作するのに、少し訓練すれば後は無意識的に筋肉が動いてくれる。一方コンピュータは、操作する際は常に知的な注意と緊張を強いられる。つまりその操作は、ヒトが身体的訓練で難なく自然とできるようになることでない。

 ⃝例えば、子供から成長するにつれて、ほとんどのヒトは言葉をしゃべり、文字を書くことができるようになる。これは、社会的教育による。一方コンピュータは、誰でも使えるものでない。つまりその扱いは、ヒトが社会的環境の中で自然と身に付けられるような、ヒト文化の一部ではない。

巷にパソコン教室というのがある。またシニア向けにスマホ講習会がある。これらは、現状のコンピュータが、ヒトの日常的な能力で使えるものではないことを証明している。

これらのことから、コンピュータはヒトの能力と調和していないといえる。

本文書では、高齢者を例としてときどき取り上げる。高齢者は、情報処理機器に限らず、新たに何かを習得することを嫌う傾向がある。そういったヒトたちに、この調和していないという問題が先鋭化する。

2011年、老テク研究会という組織が、高齢者が情報機器が使いにくい理由について、以下のように定量調査した[近藤則子,2011]。調査対象は340名である。複数回答であるその理由の上位に、マニュアルのことが並んでいる。今になっても状況は変わっていない。

〇説明書のどこに自分の知りたいことが書いてあるか分からない…151名

〇説明書を読んでも、英語やカタカナが多く言葉の意味がよく分からない…131名

〇取り扱い説明書の文字が小さくて読めない…130名

〇説明書が分厚くてとても読む気になれない…82名