ある日、私がいつものようにレストランをラウンドしていると、入居者の山本さん(仮名)から呼ばれました。山本さんのお話の内容は、「今日のお味噌汁の味付けが濃い」というご意見でした。そこで私はすぐに厨房に向かい、提供したお味噌汁を口にしました。
その時は「まあ味付けが少し濃いのかな」と思い、厨房側に「味付けを少し薄くするように」お願いしました。そして数日後、ご意見をいただいた山本さんと話をした際、「味付けが丁度良い」というお話をいただきました。そのようなことがあって数日後、今度は入居者の中村さん(仮名)から、「最近、お味噌汁が水っぽくなった」というご意見をいただいたのです。
そこで私は、山本さんと中村さんの情報を調べてみると、山本さんの出身地は京都府のご出身、中村さんは千葉県のご出身だったのです。
つまり、山本さんは、「おだし中心の薄めの味」のお味噌汁で育った環境、中村さんは、「濃い味」のお味噌汁で育った環境が理由だったのです。
老人ホームの生活は、当然集団での生活となります。そこに自分の生まれ育った環境での味や好みを全て食事に反映させることは困難です。そのため私は、入居者の方々と食事について繰り返し対話をする場として、定期的に食事の会議を持つようにしました。
老人ホームの入居者にとって食事は最大の関心事。そして、美味しい食事を食べたいと思うのは誰しも当然な話です。
すぐに問題は解決しない。しかし、対話をしなければ問題解決することはない。解決に向けて一歩でも前に進むためには、愚直に対話することです。
9日目 入居者を守り抜く
2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に東日本大震災が発生しました。当時、老人ホームの施設長だった私にも非常に大きな出来事として、深く心に刻み込まれています。
この時、私は東京都港区内のオフィスビルにて会議を行っている真っ最中でした。会議室はビルの5階であり、横揺れがすごく、いすに座ったまま、全く立ち上がることができない状態でした。
揺れが少し収まり、近くの東京タワーを見上げるとタワーの先端が大きく曲がっているではありませんか。この状況を見て、この地震がただの地震ではないことを悟りました。