七.居場所
果音は今日もふらりと保健室へ行く。保健室に行く用事は特になかったが、教室よりましだからというのが果音の本音であった。バーバラは、そんな果音を温かく迎えた。
最近は果音が保健室にきても、とりたてて「人体の不思議」を語らなくなった。本当に、多重人格者なのかも……。果音は時々そう思う。果音は保健室にくるとすぐに、クマのぬいぐるみを抱きしめる。高校生がクレーンゲームで取った景品で、保健室に「寄付」してくれたものだ。果音はいつも決まってこのぬいぐるみを選ぶのだった。
シーツを畳んでいたバーバラが、果音に話しかける。
「果音ちゃんは、そんなに教室が嫌い?」
果音は、ただうなずく。
「私も嫌い! でも、果音ちゃんは大好き!」
「は?」(また、これか)
「でも、なんで教室が嫌いなの?」
「え? それはやっぱ、居場所がないからかな?」
「そっか。でも居場所って、何?」
答えるのが面倒くさかったが、きちんと答えないともっと面倒くさくなると思った果音は、答えを絞り出すように話した。
「う〜ん。安心して、自分を出せるって感じの場所? てか、先生が答えてください!」
「私も、分かんない」
バーバラはわざと、目をパチパチさせながら答えた。
「は?」(キモ!)
「あ、今キモイって思った? ハハハ……。でもすごいな。居場所が欲しいなんて、私はそんな深いこと考えたことないな」
ムッとした果音は嫌味っぽく言い返す。
「幸せですよね。悩みとかなさそうで羨ましいです」
「悩み? う~ん、ない!」(バカか、この人は)
「毎日健康で、おいしいごはんが食べられて、暖かい布団で寝られることに、感謝しかないな。本当に幸せだよ」
「何かの歌詞ですか!」
果音のツッコミには反応せずにバーバラは話を続けた。
「幸せは、自分の心が決めるのよ」
「自分の心が、決める? は? バカみたい」
話はそこまでだったが、果音の気持ちは複雑だった。幸せは、容姿や家庭環境に恵まれている人だけに与えられる、限定品なのだと強く思ってきた。しかし、「幸せは、自分の心が決める」と言ったバーバラの言葉が、後から、後から果音を追いかけてくるのだった。