DOHaD学説を知って大きな衝撃を受け、まず私の行ったことは、その概念をわかりやすく説明するために「生活習慣病ツリー」と「長寿ツリー」の図を考案したことです。ヒトの一生を一本の木に例え、目に見えない地中の根っこの部分を子宮内、地上に伸びた幹と枝葉を小児期、成人期として、それぞれの時期に生活習慣病のリスクファクターを示しました。私はこの図を、医療者向け、一般市民向けの講演会の度に用いています。

また、妊婦の栄養障害をもたらすものとして、戦争と飢饉による食糧不足が、歴史上よく知られていますので、第2次世界大戦で起こった「オランダの飢餓」や日本の食糧危機などについても述べました。

私は一臨床医であり、DOHaD学説の研究者ではありません。本書の執筆にあたって心がけたのは、アカデミックな研究内容ではなく、DOHaD学説の黎明期から発展に至る歴史と主要な研究者のプロフィールなど、一般の学術書にはないエピソードを書き、読者の理解を助けることでした。

それゆえ、本書は、生活習慣病の予防を考える「DOHaD物語」と位置づけ、医師、研修医、コメディカル、公衆衛生関係者、一般市民を対象にした「DOHaD入門書」を意図しました。

赤ちゃんが健康に生まれ、健康な成人に育つことは、医療上最も望ましく、ひいては社会経済の発展に役立つことです。少子化が進み、新生児の低体重化が加速するわが国で、赤ちゃんに「人生最良のスタート」が与えられているか、読者に真剣に考えていただきたいと思います。

何らかの理由で、生まれた時点で最良のスタートを切れなかった場合、それだけで人生のゴールが全て決まってしまうわけではありません。幼児期にスタートの遅れを挽回できるチャンスが残されていますので、そのことをよく理解して、子どもの健康を何よりも優先する社会を築くようにしたいものです。

私は、すでに医療現場を離れた小児科医ですが、「母体の栄養改善と胎児・新生児の健康を第一に考えること」がいかに大切か、今ほど切実に思う時はありません。DOHaDの理念を社会に広めることを使命として、残りの人生を過ごしたいと思います。