ワルツさんは机に寄りかかったまま、奥さんをじっと見ている。
「とにかく、あなたには出ていくまでやってもらわなくてはいけないことがたくさんあるのです。
猫の手も借りたいほどなのです」
へえ、猫の手も借りたいって言ったな。どれどれ、それじゃ僕の出番だ。
僕は窓から本屋の木の床にポンと美しく着地した。
ワルツさんが僕にウインクした。
それからのことは言うまでもない。
猫嫌いの夫婦の前にいきなり黒猫が現れたんだ。
しかも、目が光った黒猫だ。
僕は背骨を張り、しっぽを鞭のようにしならせ、牧師と奥さんを交互に見て牙をむいて
一声唸った。
牧師は「シィッ、シィッ」と僕を追い払おうとする。
こいつ、アンジェとカトリーヌのことを忌まわしいと言ったな。
僕はゆっくり奥さんのほうを見て、しっぽを吊り上げ威嚇の声を絞り出した。
奥さんは「ヒィッ」と奇妙な声を出し、牧師が持っていたステッキを素早く奪い取り、言った。
「アーメン」
胸の上で十字を切り、奥さんは僕の頭めがけてステッキを振り下ろした。
この人はこんな時でも、眉ひとつ動かすこともしない。
残忍な人だ。