僕は本屋の窓枠に腕を伸ばして中を覗いた。
「カトリーヌ、あなたはここで何をやっているのですか」
本屋の扉を開けると同時に牧師の奥さんは言った。
その声は硬く冷たい。
癇に障る声音だ。
この人は痩せすぎた尖った顎をしていて、ぱらぱらに乾燥した藁のような髪を頭の高いところで結っている。
見開いた目ときたら光沢のない死んだ石だ。
黒目の比率が異常に多くて、山犬そっくりだ。
この人が学院の教師だなんて、生徒は気の毒だ。
とても食えない。
「本を読ませてもらっていたんです」
カトリーヌは本を胸にしっかり抱いている。
「へえ、本を読んでいたの、そうなの」
奥さんのべたついた視線がカトリーヌの身体の上を舐め尽くすようにゆっくり通り過ぎた。
「最近のあなたは、忌まわしいあなたの母親そっくりね」
この、あなたの母親という部分のアクセントがやけに強調されて、聞いているだけで吐き気がする。
「あなたは本を読む資格などないのよ。いつまで経ってもこんな簡単なことすらわからないなんて、あなた、よっぽど頭が悪いのね」
奥さんは腕を胸の前で組んだままカトリーヌの周りをぐるぐる回った。
その靴音は安っぽいミステリー小説を思わせた。
それまで黙っていたワルツさんがゆっくり椅子から立ち上がった。
「救貧院の生まれだろうが、ロマの生まれだろうが、本を読む資格は誰にでもあるんじゃないかの。あなた方は、神の教えを説いておられる身分だが、聖書にそんなたわごとは一言もありはせん。どうですかの、牧師さん」
気の利いたセリフだよ、ワルツさん。
「まあ、ムッシュ・ワルツは聖書をよくご存知のようね」
と奥さんはふっと笑った。
「ワルツさんを馬鹿にしないで」
カトリーヌが一瞬、目を光らせた。
まるで闇の中の僕の目だ。
「ほらほら、その目つきなんかほんとそっくり」
「それに、私の母さんは忌まわしい人ではないわ」
カトリーヌは声を震わせた。
「そんな目で私を見ても、私はどうにもならないわ。私には神様がついてらっしゃるのですもの。ねえ、あなた」
奥さんは牧師さんを見てしなを作った。
牧師は身じろぎもせずに下を向いて、誰とも目を合わせようとはしない。