序章
科学は誠実で知性ある研究者たちがお互い正直に議論し、対立したところでびくともしないのだが、この現代の腐りきった病んだ状況では生き残ることはできない。
私の前の同僚たちは誰一人、研究に参加するよう誘ってくれなかった。大学やカレッジのどれ一つとして私に教職を申し出てくれなかった。
その代わり、私は長年の共同研究者であるフランクとちょっとしたコンサルティングの仕事をしながら時には論争するなど恵まれた環境にいる。それは私たちが過去35年間に研究したことの続きであり、主として病のプロセスを理解し、多くの病に苦しむ人の不要な苦しみを無くす方法を模索している。
バーナード・マラマッドの古典的野球小説『ナチュラル』で、主人公は
「ロイ君、僕たちには2つの人生がある。学ぶ人生と学んだ後の人生だ」
と言われる。学ぶ人生とはケントと私が『プラーグ』で書いた内容と言えよう。今読者が読んでいる本書はその後の私の人生についてであり、私たちは科学の多くの分野で腐敗しきっていることを発見したが、それでも希望がある根拠を実感したのだ。
終わりに見えたものが実は何か新しい始まりになることがしばしばある。私が科学の世界に入ったのは、1980年6月10日にタンパク質化学者としてであり、国立ガン研究所に就職し、当時革命的ガン治療薬としてのインターフェロンの純粋化の研究に携わった。
国立ガン研究所での私の指導者であったフランクは最初にヒトレトロウイルスを発見したチームのメンバーだった。そのレトロウイルスとはHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)だった。
私たちは当時流行していて将来に暗い影を投げかけていたエイズウイルスと闘う体制を整えていた。1980年代の中頃、国立ガン研究所に勤務していた頃、病気治療ができていないと叫ぶ怒れるエイズ活動家のデモの横を歩いたことを思い出す。