不登校

史香は、都内有数の進学校に合格した。その高校は、片道1時間以上を要する場所にあったのだ。居住するマンションから徒歩10分ほどのところにも高校があり、史香はそこに入学することを強く望んだ。

仁美は、上京していた母と両方の高校を見学し、話し合った結果、進学校への入学となった。史香は、高校2年生になった5月頃から、身体の不調を訴えて登校しない日が時々あり、1か月後には、全く登校しなくなった。

この頃から、史香の生活は乱れ、妹の華歩が大切にしている物をわざと壊したり、暴言を吐くなどの行為が目立つようになった。華歩は、大粒の涙をポロポロ流しながら、健気に耐えていた。

この当時、佑輔は、福岡出入国在留管理局に単身赴任していた。仁美は思いあまって史香の言動を相談してみるのであるが、返事は決まって

「家庭のことは君に任せている、君が解決してくれ」

であった。想定内の返答であったことが、却って、仁美の気持ちを軽くした。すでに仁美は離婚を決断していたからである。

人は行動を起こす時、何故そうするのか、理由があるはずである。娘の気持ちを知りたいと願い、仁美は史香に語りかけようとしたが、全く聞く耳を持たなかった。この時、史香は言いようのない哀しみを味わっていたのだ。母の胸に飛び込んで、思いのたけをぶつけたい、でも言動はいつも逆になってしまう。このどうしようもないアンバランスの状態に、戸惑いおののき、自分を見失っていたのだ。

仁美は、史香がいかなる言動を取っても、声を荒げて制止することはなかった。仁美は、いかなることがあっても、史香を守りぬくと心に決めていたからである。史香は、母が大声で制止をしたり、罵声をあびせることなく向き合おうとしてくれることが寂しくもあり、ありがたくもあった。

「なんとかしなければ」。

史香は一人になると無性に涙がこぼれた。

人生を見つける時

仁美は、たとえ苦しみの渦中に置かれていても、4枚の写真から立て直す力をもらい、やがて、暗闇に感じていた世界が、しらじらとあけてゆく空のように感じられる時を、得ることができるのであった。史香は、2年の月日が流れた頃から変化の兆しを見せ始めた。

ある日、美味しいパンを買ってきて、そのパン屋でアルバイトをしたいという。仁美は、静かに頷いた。パン屋のご主人夫婦は、とても親切でやさしくて、史香のことを大変気に入ってくれたのである。史香の心を閉ざしていた氷が少しずつ溶けていき、未来に目を向けることができるようになっていた。

〈高校卒業資格を取ろう、簿記2級の資格取得をめざそう〉。

史香は、自分の人生を見つけたのである。仁美は、史香に知られないように、時々パン屋を訪れて、お礼やお願いの気持ちを伝えていた。史香の変化は自宅でも感じていたが、パン屋のご主人から知り得た史香の前向きな変化は、仁美を大いに喜ばせた。

史香が一人暮らしを決めたのは、それからまもなくのことである。

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