第二部 カフェ「MICHI」が誕生してから
■離婚しないという選択
佑輔は、福岡出入国在留管理局から、東京出入国管理庁次長として帰ってきた。佑輔の思い描いた夢が叶ったのである。次長室の椅子に腰をかけ、大きな息を吐いて、窓の外に目をやった。春なのに何故か寂しげな風が吹いている。
仁美には「頼むから次長室を見てくれよ」と何度も頼んではいたのだが、やっぱり仁美は来なかった。
佑輔は、離婚を承諾したことを後悔しているわけではない。
最後に、仁美にこの次長室を見て欲しかったのだ。そして謝りたいと思っていた。
「幸せにしてあげられなくてすまん」と。でも、仁美は来なかった。
仁美は、離婚届をまだ出さないでいた。迷っていたわけではない。いつでも提出できると思い、日々の雑務に追われていた。
ある日のこと、夫が職場から早く帰宅してきた。体調が思わしくないらしい。
受診をした夫から連絡があり、「気管支拡張症が悪化し、呼吸機能が落ちている。入院をすることになった」と告げられた。
仁美は、明らかに動揺した。入院の物品を準備しながら、頭の中は、ぐるぐると同じところで回っていた。
入院をしていようといまいと、離婚届を提出すればいいこと。ずっとそうしたいと思い続けてきたのだから。
しかし、病に苦しむ人にそんな仕打ちができるだろうか。してもよいのだろうか。仁美は離婚をとどまった。これでもうこの件で悩むのはよそう。仁美は、夫の目の前で離婚届を破り捨てるのであった。
病室の窓から柔らかな日差しが差し込み、夫の目に光るものを見た。
仁美は華歩にこのことを真っ先に伝えたいと思った。離婚を賛成してくれたものの、諸手を挙げてではなかったからだ。
「これからよいことがありそうなんだけど」
華歩はそう言ったのだ。帰宅する道すがら、〈華歩の言う通りかもしれない、いやそうなるようにしなければ〉。
仁美はいつになくすっきりした気分を味わっていた。