【前回の記事を読む】小さなバルで食事をしていると…カミーノで出会った唯一の日本人
第一話 カミーノを歩く人たち
12月7日
私もメッセージを書いてきた。「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」という松尾芭蕉の『おくのほそ道』の冒頭の部分である。自分の気持ちは入っていない、人頼みである。
サンドイッチを食べていると、若い元気な7、8人のグループが入ってきた。言葉を聞いていると韓国の人らしい。まだ学生だろう。私は彼らより先に店を出た。
しばらく歩いていると先ほどのグループが追い抜いていった。韓国人はキリスト教徒が多いと聞いていたので、彼らの目的ははっきりしているのだろうと思った。
その中の3人、男性一人と、女性二人が私と同じくらいの速さで歩いていたので、「微妙な三角関係」と、話しかけてみた。「微妙な三角関係」とは、日本語でも韓国語でも同じ発音で、同じ意味を持っている言葉だ。それからしばらく同じような言葉、例えば「マッサージ、30分無料」とか「道路」とか、そんな言葉を互いに言い合って笑った。そして、彼らも先に行ってしまった。
すると前方に片足を引きずって歩く人がいた。彼は歩き始めたころから何回もいろいろなところで会っていたスペイン人だ。「怪我したの」と聞くと、そうだと言う。あと少しだからゆっくり歩くと言う。リュックも重そうだ。私はほかの人より期間も短いし、最小限の荷物にしたので5キログラムあるかないかの軽さだ。それでもその荷物を持ってあげる余裕はない。「気を付けてね」と言って先に行くしかない。
18.8キロメートル歩いて、その日の宿泊地ペトロウゾに着いた。そこで夕食をとっているとき、窓ガラス越しに外を歩く彼の姿を見た。杖をつき、重い荷物を背負い、片足を引きずりながらゆっくり通り過ぎていった。巡礼という言葉が浮かんだ。彼のその姿は巡礼そのものだった。