決心
そしてついにその年の秋も深まったある日のこと。我輩のご主人は大好きなバーボンのボトルを片手にぶら提げながら、上機嫌で我輩のところに来て
「ケン坊、ま、一杯やるか!」
とソファーに腰を掛けた。そしてグラスを傾けながら、
「ケン坊、例の駐米大使の話だけどな。最終的に受けることにしたよ」
と意外なことを口にした。
我輩は、
「え、そうですか。色々と悩ましい状況をお話しされていましたからてっきりお断りになるものと思っていましたが……」
と答えると、
「うーむ。この夏、古代さんから相談を受けて以来、各方面の関係者にも話を伺ってきたが、先行きはかなり不透明だと分かったよ。しかしこういう状況下でお国のために何らかの役に立てるなら本望だという純粋な気持になったので受けることにした」
と我輩に打ち明けた。
我輩は
「ご主人様、それは無茶な話だから止めた方が賢明ですよ!」
と一瞬心の底で思ったが、我輩のご主人が
「儂はやることに決めたぞ!」
と言っているのに飼い犬の分際で
「殿、ご乱心でござるぞ!」
と言えるのだろうか? それはなかなか言えるものではない。それを聞いて我輩はただ一言、
「そうですか。それは、それは、ご苦労様でございます」
と殊勝に答えて、カチンとグラスを合わせて必勝祈願の乾杯をした。