第一部 日本とアメリカ対立—

第一章 日本行き、そして帰国

駐米日本大使への誘い

しかし顔にはそんな思いをおくびにも出さずに、

「ま、確かに三年前の盧溝橋以来、米国の対日姿勢はガラリと変わりましたからね。中国に多額の借款を供与する一方で、日本には航空機・同部品の輸出禁止、通商航海条約の破棄、中立法廃止……と強硬策のオンパレードで……」

と米国の日中両国に対する対応の違いを非難しながら、こじれつつある日米関係に触れてみた。我輩のご主人は、

「うーむ、一筋縄ではいきそうにないからな」

と頷く。我輩は続けて、

「米国は口では自由と民主主義を守ると綺麗事を言いますが、本心は十九世紀末から南米、中米、カリブ、ハワイでやってきた野蛮行為を日本でも……と考えているのではありませんか?

現大統領はご主人様の昔からのお知り合いですから失礼なことは言えませんが、彼の外祖父、デラーノ氏はその昔ラッセル商会の重役で英国のジャーディン・マセソンと一緒に、中国向けのアヘン密売で財を成した家系でしょう。野蛮行為はお手の物だろうし、相手をするには少し荷が重いですね」

と一応我輩のご主人の考えにも賛同して少しだけヨイショをしてみせる。ヨイショをされると途端にデレ~ッと顔全体に締まりが無くなるから直ぐ分かる。本当はそんな顔は見たくもないのでヨイショするのは嫌なのだが仕方がない。ここが誇り高き柴犬種族の我輩としても、飼い主にはからきし弱いところだ。我輩は一度持ち上げて置いた後で、更に続けた。

「しかし、今日お会いになった外務大臣の古代さんは日米関係が微妙なこの時期に自分の部下を差し置いてどうしてご主人様に声をかけてきたんでしょうね? いくら荷が重いといっても外務省の中には『外交のガの字も知らないド素人に任せずに俺に任せろ!』と自信満々の外交のプロは掃いて捨てるほどいるでしょうに。きっとこれには何か曰く因縁が有りそうな……」

と言った途端、我輩のご主人は少し憮然とした表情を見せた。恐らく「外交のガの字も知らないド素人」という言い方が気に食わなかったのだろう。