ジョージア州アトランタは、コカコーラの本社がある。この本社近くで、ある若い黒人男性に声をかけられた。
「いま俺は、困っている。」
と言う。汗をぬぐいながら、訴えるのだ。
「あるところに荷物を忘れてしまい、それ を取りに行きたいのだが、大金を持っていて、不安だからそれを持っていけない。このお金を預かってくれないか?」
と言うのだ。彼は、その札束を実際に見せ、こちらに渡す。ゴムでグルグル巻きにされた一ドル札の札束だった。それを預かってしまった。
「あとで取りに行くから、ホテルのルームナンバーを教えてくれ。」
と言うので、教えた。
ホテルに戻って、その札束を紐解いてみると、中身はただの一ドル札と同じサイズに切った紙切れだった。
「しまった!」
「騙された!」
と思った。しかし、彼は、何のためにそんなうそをついたのか。未だに謎だ。
そして、翌朝、その男は、やってきた。ドアを何回か叩き、反応がないとみるや、ドアの隙間から端紙を差し挟み、去って行った。何が書いてあったのかはっきりとわからなかったが、ある場所の名前だったように思う。その後、それをゴミ箱に捨て、警戒しながらホテルを後にした。
アトランタでは、あまりいい思い出がない。唯一あるとすれば、「アトランタブレーブス」というメジャーリーグの球団があって、そのチームが当時非常に強く、何度もワールドシリーズをとっていたという記憶があり、そのチームが大好きだったということだ。今ではそれほど強いチームとはいえないが、未だに応援している。
夕暮れの、とある教会の前の広場で、一人コンクリートの上であぐらをかいて夕日を眺めていた。アメリカの、この南部という響きの、屋根のとんがりが空に刺さるように突き出る教会から、真っ赤な夕日をじっと眺め、
「これから俺はどんな人生を歩むんだろう?」
と問うた。そのときの、何というか重い気持ちは、今でも忘れられない。
アトランタの街は、歩く人も少なく、一人リュックを背負い、歩いていた。すると、白い家が建ち並ぶ一角に「説明書き」の案内板があった。そこには、「マーティン・ルーサー・キング牧師の家」と書かれてあった。
「えっ、ここが『あのキング牧師』の生まれた家なの?」
と思わず一人呟いた。偶然見つけたのだった。キング牧師については何も知らなかったが、『あのキング牧師』と言ったのは、以前バスで移動中にテネシー州メンフィスに止まったときのことを思い出したからだ。あのとき、
「キング牧師について、自分が生まれた年にこの近くのモーテルの二階バルコニーで凶弾に倒れたことを知識として覚えておこうと思った。」
のだった。家は、周りの家々と変わりなく、きれいに改築されていたのか、資料館として開館していた。中は人影がなく、玄関の階段で腰を下ろし、しばらく休憩をとりながら、例の「地球の歩き方」を見ていた。彼は、一九二九年一月一五日にアトランタの黒人教会の牧師の子として生まれ、子どものときから激しい差別を受けて白人を憎んでいた。
少年時代、牧師の父親から、
「この世の差別は諦めて、天国で幸せを祈れ。」
と教えられた。このフレーズは、以前にニューヨークのバスのチケット売り場で黒人家族が何気なく話していた内容を思い出させた。そのときの父親の言っていたことは、
「俺たちは黒人なんだ。どうしたって、それは変えられないんだ。それを受け入れなくちゃならないんだ。」
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