第一部 銀の画鋲
「本の虫カトリーヌ」
「林檎をくれた女の人は、街の金持ちオンナのドレスを縫いながら生活していた大陸の東のほうからの移住者だった。出会った日からきっかり三日後にまた会うことができた」
とワルツさんは続けた。父の埋葬を済ませた翌日だった。
「彼女の名前はエレン」
「わしらはエレンに会うために街角に立って歌を歌った。また会いにきてくれると信じて毎日街角に立った」
「エレンは三日おきにわしらに会いに来てくれた」
「わしらの手にいつも何かを握らせてくれた」
「目をじいっと見てな」
ワルツさんは目をしばたたかせながら左の手の甲を右手でこすった。
「半年の間、ずっとわしらに会いにきてくれた」
「最後に会ったのは、石畳の真っ黒な敷石が雨で鈍く光った寒い晩だった」とワルツさんは記憶の糸を手繰り寄せるかのようにひげを撫でた。
エレンはワルツさんと妹のところに駆け寄ってきて膝をつき、自分がしていた美しいペイズリー模様の大きなショールで、ワルツさんと妹をふわっと包みながら言った。
「こんなに小さくて、こんなに痩せて、手をつないで歌を歌って、ふたりとっても仲良しで」
ワルツさんと妹には予感があった。エレンとは、もう会えない、そんな気がした、とワルツさんは右手の人差し指をこめかみに当てた。
「わしと妹をショールごと抱き包んだエレンは肩を震わせて泣いていた。その時、妹が小さな声で歌い始めた」
「ロマに古くから伝わった子守歌だった」
ワルツさんは両手で円を描きながら歌い始めた。
あなたの掌はなんてかわいい 小さき人よ
光が照らす小さな川を
小舟に乗って波に乗って漂っていきなさい
あなたの睫毛はなんてかすか 小さき人よ
木漏れ日の差す小さな川を
小舟に揺られ波に揺られ漂っていきなさい
ワルツさんの声は掠れている。それに相変わらず調子っぱずれだ。
「歌が終わるとエレンは涙を拭き、にっこり笑った」
そして、さよならを告げた、とワルツさんも微笑んだ。